31.
セリアは処置室で五回目の治療を受けていた。
「終わりだ」
ゼインが静かに告げる。
「ありがとうございます」
セリアはゆっくりと体を起こした。
以前なら、そのままベッドに横になり、しばらく動くこともできなかった。
けれど今は違う。
少し疲れはあるものの、自分の足で立ち上がることができる。
その様子を見て、ゼインも小さく頷いた。
「順調だな」
そこに主治医が入ってきた。
「セリアさん、少しお話がありますので、会議室までお越しください。お母様にも来ていただいています」
「分かりました」
主治医に案内され、セリアはゼインとともに会議室へ向かった。そこでは母がすでに待っていた。
◇◇◇
椅子に座ると、机の上に図が広げられる。
ゼインは魔力回路を示した図を指差した。
「ここが、一番流れの悪かった場所だ」
以前はほとんど魔力が流れていなかった部分。
だが今は、他の回路とほとんど変わらないほど改善していた。
「かなり良くなっている」
セリアは思わず図を見つめた。
「残っているのは細かな詰まりだけだ。大きな治療は、あと数回で終われるだろう」
その言葉に、セリアは目を見開いた。
「本当ですか……?」
「ああ」
短い返事だったが、自信に満ちていた。
主治医も笑顔で頷く。
「先日の外泊後も体調に大きな変化はありませんでした。今の状態なら、ご自宅から通院していただいて問題ないでしょう。入院生活は終了にしましょう」
「えっ……」
思わず母と顔を見合わせる。
「退院……ですか?」
「はい」
主治医は穏やかに微笑んだ。
「今後は通院に切り替えます」
母の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「本当に……ありがとうございます」
ゼインは静かに続ける。
「今後の魔力治療は、できれば魔塔で行いたい」
「魔塔で、ですか?」
「俺が療養院を往復する時間を仕事に回せる。もちろん、無理にとは言わない」
セリアはすぐに頷いた。
「ぜひお願いします」
「では来週からは魔塔に来てくれ」
ゼインも小さく頷き返す。
主治医が話を引き継ぐ。
「退院後も、こちらで定期的に経過を確認します。何か少しでも体調に変化があれば、すぐに来院してください」
「はい」
セリアは元気よく答えた。
「最初の健診は十日後を予定しています。その時の状態を見て、その後の通院間隔を決めていきましょう」
「分かりました」
母も安心したように息をついた。
「本当に良かったわね、セリア」
「はい、お母様」
二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
◇◇◇
退院の準備があるため、母は一足先に屋敷に戻ることになった。
「明日迎えに来るわね」
「はい」
母を見送った後、セリアは一人で療養院の中庭に向かった。
色とりどりの花が風に揺れ、小鳥のさえずりが聞こえてくる。この景色も何度見ただろう。
入院したばかりの頃は、ここまで来るだけで息が切れ、花を見る余裕さえなかった。
今はゆっくり歩きながら、風に揺れる一輪一輪を眺めることができる。
「本当に元気になったんだなぁ……」
自然と笑みがこぼれた。
病室に戻ると、静かな部屋を見渡した。
窓際の椅子。
何冊もの本。
長い時間を過ごしたベッド。
「この部屋で過ごすのも、今日が最後なんですね」
苦しくて眠れない夜もあった。
けれど、この部屋でオーレリアと出会い、ゼインの治療を受けることもできた。
少しだけ寂しい気持ちになった。
けれど、それ以上に嬉しかった。
この部屋を出られる日を、ずっと夢見ていたのだから。
◇◇◇
翌朝。
荷物をまとめ、病室を出た。
廊下に出ると、看護師たちが笑顔で待っていた。
「セリア様、ご退院おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「少し寂しくなりますね」
一人の看護師がそう言うと、隣の看護師も頷いた。
「でも、お元気になられて本当に良かったです。どうか、今度は我慢せず、少しでもつらい時はおっしゃってくださいね」
「はい。今度はちゃんとお話しします」
セリアは一人ひとりの顔を見ながら頭を下げる。
「皆さんには、本当にお世話になりました」
主治医も穏やかな笑みを浮かべる。
「セリアさん、次は十日後の検診でお待ちしています」
「はい」
玄関の先には、迎えに来た母が待っていた。
「ありがとうございました」
セリアはもう一度だけ療養院を振り返ると、今度は前を向いて歩き出した。




