30.
公爵家を出た後も、フレディは馬車の中で腕を組み、窓の外を眺めていた。
(おかしい)
何度考えても納得できない。
(セリアが、あんなことを言うはずがない)
『迷惑でした』
その言葉が何度も頭の中で繰り返される。
病気でつらい時も、寂しくないように何度も会いに行った。楽しい話をして、元気づけようともした。
そんな自分を、迷惑だと思うはずがない。
(きっとオーレリアに何か言われたんだ)
部屋に入った時には、オーレリアはセリアと二人で話をしていた。婚約者として嫉妬して、セリアに何か吹き込んだのだろう。
(そう考えれば全部つじつまが合う)
フレディは少しだけ胸のつかえが取れた。
◇◇◇
屋敷に戻ると、すぐに執務室に呼ばれた。
部屋に入ると、父が厳しい表情で椅子に座っている。
「座りなさい」
言われるまま向かいに腰を下ろす。
しばらく沈黙が流れた後、父が静かに口を開いた。
「公爵家から婚約解消の申し入れがあった。以前から話は受けていたが、先ほど正式な書面が届いた」
フレディは目を見開く。
「……正式に?」
「ああ」
父は短く答えた。
「今日、オーレリア嬢にも言われただろう」
「ですが、おかしいじゃありませんか」
思わず声を上げる。
「嫉妬くらいで婚約を解消するなんて、家同士の婚約ですよ?」
「……まだ、そんなことを言っているのか」
父の声には、怒りよりも深い疲れが滲んでいた。
「以前にも話した。オーレリア嬢だけではない。セリア嬢も、医師も、ゼイン様も、お前を止めようとしていた」
「ですが、皆、誤解しているだけです。セリアは本当は——」
「もういい」
父は静かに遮った。
これ以上言葉を重ねても、届かない。
そう悟ったような声だった。
「明日から領地に行け」
「……領地ですか?」
「そこで学んでこい」
何を言われているのか分からなかった。
「何を学ぶんです?」
父はフレディを真っすぐ見つめる。
「それも分からないから行かせるのだ」
静かな声だった。
だが、その一言は重かった。
「お前の従兄弟も来ている」
「従兄弟が?」
「ああ。領地経営を学ぶためにな」
フレディより二つ年下の従兄弟だった。
「年下ですが……」
「年齢は関係ない」
父はきっぱりと言う。
「見て、学べ」
父は話は終わりだと示すように、フレディから視線を外した。
「今日はもう下がりなさい」
フレディは納得できないまま部屋を後にした。
扉が閉まると、執務室には父一人が残された。
領地では、自分の一言や判断が多くの者の生活を左右する。人の言葉を聞けないままでは、いずれ取り返しのつかないことになる。
父は一人、小さく目を閉じた。
「……今度こそ気づいてくれ」
その呟きを受け止める者は、どこにもいなかった。
◇◇◇
翌日。
フレディは領地に向かう馬車に乗っていた。
窓の外にはのどかな景色が広がっている。
(今は、みんな感情的になっているだけだ)
しばらく時間を置けば、きっとセリアも本当の気持ちに気づく。
王都に戻ったら、もう一度会いに行こう。
今度はオーレリアのいないところで、二人だけで話せばいい。
フレディはそう信じて疑わなかった。
馬車は静かに王都を離れ、バーク侯爵領へと進んでいった。




