29.
翌朝。
窓から差し込む柔らかな朝日が部屋を照らしていた。
「ん……」
セリアはゆっくりと目を開ける。
ぼんやりと天井を見つめ、見慣れた部屋を眺めた。
「……あ」
自分の部屋だった。
「そうだ……お家に帰ってきてたんだった」
昨日の出来事を思い出し、自然と頬が緩んだ。
ゆっくりと体を起こし、時計に目を向けた。
「えっ?」
思わず声が漏れる。
「寝坊しちゃった!」
いつもより遅い時間に気づき、慌てて身支度を整えた。
「おはようございます!」
食堂に入ると、母が優しく微笑む。
「おはよう、セリア」
テーブルには朝食が並び、使用人たちもそれぞれ準備を進めていた。
セリアは少し頬を膨らませる。
「起こしてくれればよかったのに……」
その一言に、食堂の空気が和らぐ。
料理長も侍女たちも、思わず微笑んでいた。
母は紅茶を口に運びながら笑う。
「無理はしないって約束したでしょう? ぐっすり眠っていたから、そのまま寝かせてあげたのよ」
「そうでした……」
照れたように笑いながら席に着く。
体に優しい朝食をゆっくりと味わった。
食べ終える頃、セリアが母に声をかける。
「療養院に戻る前に、お庭を散歩してもいいですか」
「もちろんよ」
母は嬉しそうに頷いた。
「今日はお天気もいいものね」
「はい」
朝食のあと、母と腕を組んで庭をゆっくり歩いた。
花壇には色とりどりの花が咲き、一年前と変わらない景色がセリアを迎えてくれた。
◇◇◇
昼過ぎ。
セリアは療養院に戻ってきた。
病室に荷物を置くと、ほどなくして主治医が姿を見せる。
「お帰りなさい、セリアさん」
「ただいま戻りました」
主治医はカルテを手に取りながら穏やかに微笑んだ。
「ご自宅では楽しめましたか?」
「はい、とても」
セリアは迷うことなく答える。
「久しぶりに家族とゆっくり過ごせましたし、お料理もとても美味しかったです」
その笑顔を見て、主治医も安心したように頷いた。
「それは何よりです。では、診察を始めましょう」
セリアは小さく頷き、椅子に腰を下ろした。
診察の結果、少し疲れが見られるものの、体調に問題はなかった。
◇◇◇
その後、セリアは病室で本を読んでいた。
「失礼します」
「イクス様!」
部屋に入ってきたイクスに、セリアはぱっと顔を明るくした。
「こんにちは」
「こんにちは。お邪魔します」
イクスは椅子に腰を下ろした。
「外泊されたと聞いたので、様子を見に来ました」
「ありがとうございます」
セリアは本を閉じ、嬉しそうに微笑んだ。
「ご自宅ではゆっくりできましたか?」
「はい。久しぶりに家族と過ごせて、とても楽しかったです」
「それはよかったです」
イクスも安心したように笑った。
「体調はいかがですか?」
「少し疲れましたけど、今日はもう大丈夫です」
「なら安心しました」
そう言って頷くと、何気ない口調で続けた。
「ゼイン様も気にしていましたよ」
「魔王様が……ですか?」
思わず聞き返す。
「ええ。昨日、オーレリア様にも体調を確認していました」
セリアの頬が少し赤くなる。
「そ、そうなんですね……」
イクスはその反応を見て、小さく笑った。
「あの……きっとすごくお忙しいですよね。なのに治療に来ていただいて……何かお礼がしたいんです」
「ゼイン様にですか?」
イクスは苦笑する。
「たぶん、『気にするな』で終わりですよ」
「やっぱり、そうですよね……」
少し残念そうに肩を落とすセリア。
イクスは少し考えてから顔をあげた。
「でも、美味しい紅茶なんかは喜ぶと思いますよ」
「紅茶ですか?」
「はい。ゼイン様、仕事ばかりで休憩をほとんど取らないんです」
「そうなんですか?」
「僕が何度声を掛けても、『後で』って言うんですよ」
セリアは少し心配そうな表情になる。
「ちゃんと休まないと駄目ですよね」
「本当にその通りです」
イクスは苦笑しながら頷いた。
「だから、紅茶をいただいたら、僕がきちんと休憩を取らせますよ」
その言葉に、セリアはくすっと笑った。
「お願いします」
少し話した後、セリアはふと思い出したように尋ねた。
「ゼイン様は、お仕事中もあんな感じなんですか?」
「あんな感じ?」
「その……あまりお話ししないというか」
「ああ、そうですね。基本的に無口です。でも困っている人は放っておけませんし、自分には厳しいのに、人にはちゃんと休めって言うんですよ」
「……ゼイン様らしいですね」
「ええ」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらくして、セリアが少し首を傾げる。
「魔塔って、どんなところなんですか?」
「急にどうしました?」
「本に出てくる魔塔って、黒くて怪しい建物ばかりで……」
「怪しい?」
「雷が落ちていたり、怖い魔術師ばかりいたり……」
一瞬きょとんとしたイクスは、思わず吹き出した。
「あははっ! どんなイメージなんですか、それ!」
セリアは少し恥ずかしそうに俯く。
「本だと、そんな感じだったので……」
「全然違いますよ」
イクスは笑いながら首を振る。
「確かに研究熱心な人は多いですけど、普通に仕事をしているだけです」
「そうなんですね」
「元気になって外出できるようになったら、ぜひ遊びに来てください」
「私がですか? でも、ご迷惑じゃありませんか?
「大丈夫ですよ。見学くらいなら、きっと許してくれますよ」
セリアは少し驚いたような顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
「その日を楽しみにしています」
「約束ですよ」
「はい」
本の中でしか知らなかった魔塔へ、自分の足で行ける日が来るかもしれない。
そう考えるだけで、セリアの胸は期待に弾んだ。




