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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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27/52

27.

 公爵邸に到着すると、オーレリアが待っていた。


「セリア様」

「オーレリア様」


 二人は笑顔で挨拶を交わす。


「体調はいかがですか?」

「はい。先生から許可をいただいて、無事に外泊できました」

「それは本当によかったです」


 オーレリアは心から嬉しそうに微笑んだ。


「療養院ではなく、お家でセリア様にお会いできるなんて、不思議な気分ですね」

「私もです」


 セリアも自然と笑みを浮かべる。


「どうぞ、中へ」


 二人は並んで屋敷の中に入った。

 応接室に案内されると、一人の男性が立ち上がり一礼する。


「こちらは公爵家お抱えの医師です」


 オーレリアが紹介した。


「念のため、待機していただいています」

「ありがとうございます」


 セリアは少し申し訳なさそうに頭を下げた。


「気になさらないでください」


 医師は穏やかに微笑む。


「万が一に備えるのも、私の仕事ですから」


 安心したようにセリアも微笑み返した。

 医師は一礼すると、隣の部屋に下がった。

 応接室の扉のそばには、公爵家の護衛が二人控えていた。

 しばらく二人で他愛のない話をしていると、部屋の扉が叩かれた。


「フレディ様がお見えになりました」


 使用人の声に、部屋の空気が静まり返る。


「お通しして」


 オーレリアの言葉に続いて、扉が開く。


「オーレリア、話って——」


 部屋に入ってきたフレディは、ソファに座るセリアを見た瞬間、目を見開いた。


「セリア!?」


 驚いた表情のまま、駆け寄ろうとする。


「待って」


 オーレリアの落ち着いた声が響いた。


「まずは席に座ってください」

「でも、セリアが——」

「座ってください」


 もう一度静かに告げられ、フレディは戸惑いながらも向かいのソファに腰を下ろした。

 重苦しい沈黙が流れる。

 セリアは膝の上で手をぎゅっと握り締め、小さく息を吸った。


「今日は……私から、お話があります」


 震えそうになる声を必死に押さえながら、フレディを見つめる。


「今まで、私のことを心配してくださったことには感謝しています」


 フレディの表情が少し和らぐ。


「ほら、やっぱり——」

「ちゃんと聞いてください」


 セリアは勇気を振り絞って言葉を重ねた。

 フレディは口を閉じる。


「でも……フレディ様は、一度も私の気持ちを聞いてくださいませんでした」

「そんなことは——」


 思わず口を開きかけたフレディを、オーレリアが静かに見つめる。

 その視線に気付き、フレディは言葉を飲み込んだ。

 セリアはゆっくり続ける。


「私はいつも帰ってほしいと思っていました。体調が悪くても、フレディ様のお話を聞き続けるのは苦しかったです。それに、先日のお菓子のことも……私は本当に怖かったです」


 一つひとつ、胸の奥にしまい込んでいた言葉を口にする。


「でも……はっきり言えませんでした。侯爵家の方に失礼なことはできませんでしたから」


 フレディは信じられないという表情を浮かべた。

 反射的に口を開きかける。

 相手の話を聞けと諭した父の姿が頭をよぎった。

 それでも耐えきれず——。


「違うよ、セリア。僕は君のためを——」

「私には、迷惑でした」


 その一言で、部屋の空気が止まった。


「……え? 迷……惑?」


 フレディの口から、小さな声が漏れる。


「善意だったことは分かっています。でも、私には苦しかったんです。もう……」


 セリアは大きく息を吸い、震える声を抑えながら言った。


「もう、私のところへ来ないでください」


 言い終えた瞬間、張りつめていた力が抜ける。

 セリアは大きく息をついた。

 そんな彼女の肩にオーレリアがそっと手を添える。

 何も言わず、その温もりだけで『よく頑張りました』と伝えるように。

 オーレリアは一度だけセリアに優しく頷いた。

 それから呆然としたまま動けないフレディを見つめ、静かに口を開いた。


「次は、私です」


 フレディはゆっくりと視線を向ける。


「私は、あなたとの婚約を解消することに決めました」


 その言葉にも、フレディはすぐには反応できなかった。頭の中では、まだセリアの言葉が何度も繰り返されていた。

『私には、迷惑でした』

『もう、私のところへ来ないでください』

 そんなはずはない。

 ずっとセリアのためを思ってきた。

 喜んでくれていると信じていた。


「……フレディ様」


 オーレリアの声に、ようやく意識が引き戻される。


「私たちの婚約は、両家の話し合いで決まったものでした。正直に申し上げれば、不安もありました。ですが、あなたは優しい方なのだと思い、この婚約を前向きに受け入れようとしていました」


 フレディは何も答えない。


「けれど、約束が守られなくなり、何度も続くようになりました」


 オーレリアは静かに続けた。


「それでも私は、あなたを責めませんでした。きっと何か事情があるのだと思い、いつか分かり合えると信じていたからです」


 フレディは視線を落とした。


「ですが、お話をしようとしても、あなたは『セリアが心配だから』と言うばかりで、私と向き合おうとはしてくださいませんでした」

 

 オーレリアは一度だけ目を伏せる。


「ですが、セリア様から療養院でのことを聞き、その考えは変わりました。そして、セリア様を危険な目に遭わせたこと。結果がどうであれ、あってはならないことです」


 応接室は静まり返っていた。


「私は、生涯を共にする相手として、あなたを信頼することができません」


 真っすぐにフレディを見つめる。


「ですから、この婚約を解消します」


 長い沈黙が流れる。

 ようやく顔を上げたフレディは、信じられないというように首を振った。


「違う……そんなことより……」


 その視線は、オーレリアではなくセリアへ向けられていた。


「セリア……本当に、迷惑だったの? 僕はずっと……君のために……」


 その声は震えていた。

 オーレリアは静かに立ち上がる。


「話は終わりです」


 その言葉が応接室に静かに響いた。


「違う……君はそんなこと思っていなかった」


 フレディはなおも何かを言おうと立ち上がる。

 しかし、控えていた護衛が静かに前に出た。


「フレディ様」


 その声に、フレディはゆっくりと振り返る。


「本日はこれでお帰りください」

「待ってくれ。僕はまだ——」

「旦那様のご指示です」


 護衛は丁寧ながらも、有無を言わせぬ口調で告げた。

 フレディは何度もセリアに視線を向ける。

 何か言いたげに口を開いては閉じ、結局何も言えないまま護衛に促されて応接室を後にした。

 扉が閉まると、部屋は静かな空気に包まれる。

 オーレリアは小さく息を吐いた。


「……すっきりしました」


 その一言に、セリアは思わず笑みをこぼす。


「私もです」


 二人は顔を見合わせる。

 次の瞬間、どちらからともなく小さく笑い出した。

 その笑顔は、これまでで一番晴れやかなものだった。

 ずっとしまい込んでいた想いを、ようやく言葉にできた。

 セリアは、心を覆っていた重いものが消えていくのを感じた。

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