26.
翌朝。
セリアはいつもより早く目を覚ました。
窓から差し込む朝日が部屋を優しく照らしている。
「いいお天気……」
窓の外を見ると、青空がどこまでも広がっていた。
ふと、屋敷の庭園が頭に浮かぶ。
療養院ほど広くはないけれど、小さな花壇があり、季節ごとの花が咲く庭。
天気の良い日には、母とお茶を飲んだこともあった。
(早く帰りたいな)
そんなことを考えていると、扉が優しく叩かれた。
「セリア、起きている?」
「はい、お母様」
母が部屋に入ってくる。
「今日は診察の日ね」
「はい」
自然と笑みがこぼれた。
二人は一緒に診察室に向かった。
診察を終えた主治医は、カルテを閉じて穏やかに微笑んだ。
「熱もありませんし、体調も安定しています」
セリアは思わず背筋を伸ばす。
「予定どおり、本日から一泊の外泊を許可します」
「本当ですか!」
ぱっと表情が明るくなる。
主治医は頷いた。
「ただし、決して無理はしないでください。少しでも体調に異変を感じたら、すぐに療養院に戻ること。約束ですよ」
「はい!」
元気よく返事をするセリアを見て、母もほっとしたように笑った。
荷物をまとめ、療養院を後にする。
馬車がゆっくりと王都の街を進んでいく。
窓の外には、多くの人が行き交っていた。
買い物を楽しむ人。
店先に並ぶ色とりどりの果物や花。
石畳を駆け回る子どもたちの笑い声。
いつも通りの日常の景色も、セリアにはどこか新鮮に映る。
「町を見るのも久しぶりです」
「そうね」
母も優しく微笑んだ。
やがて見慣れた屋敷が見えてくる。
馬車が止まると、玄関には使用人たちが並んで待っていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
一斉に頭を下げる。
「ただいま帰りました」
セリアは嬉しそうに微笑んだ。
その中から料理長が一歩前に出る。
「お元気そうなお姿を拝見できて安心いたしました。今日は腕によりをかけております」
「ありがとうございます」
思わず笑みがこぼれる。
母とともに屋敷に入り、久しぶりに自分の部屋の扉を開けた。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
本棚も、机も、窓辺に置かれた小さな花瓶も。
一年前と何も変わっていなかった。
毎日手入れをしてくれていたのだろう。
部屋には埃一つなく、今も大切に守られていたことが伝わってきた。
そっとベッドに腰掛ける。
柔らかな感触に身を預けると、自然と力が抜けた。
「やっぱり、お家は落ち着きますね」
母が優しく微笑む。
「一泊だけでも、ゆっくり過ごしましょう」
「はい」
返事をしたものの、ふと表情が曇る。
今日の午後には、公爵邸に向かう。
フレディ様と話をするために。
(ちゃんと……言えるかな)
胸の奥が少しだけざわついた。
昼食は胃に負担の少ないものを少しだけいただいた。
久しぶりに料理長の味を楽しみながら、ゆっくりと食事を終えた。
食後、お茶を飲みながら母が笑う。
「夜は料理長が張り切っているそうよ。セリアの好きなお料理をたくさん用意しているんですって」
「楽しみです」
「ええ。それに、お父様も今日は早く帰ってくるそうよ。セリアが帰ってくるのを、とても楽しみにしていたもの」
その言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
「……嬉しいです。早くみんなでご飯を食べたいです」
久しぶりの我が家で過ごす時間は、驚くほど穏やかで、あっという間に過ぎていった。
しばらくすると、屋敷の外から馬車の止まる音が聞こえる。窓の外を見ると、公爵家の紋章が入った馬車が玄関の前に止まっていた。
「お迎えが来たみたいね」
母の言葉に、セリアは静かに頷く。
深く息を吸い、小さく胸に手を当てた。
心臓が少しだけ早く鼓動する。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも——。
(大丈夫。今度こそ、自分の気持ちを伝えよう)
そう心に決め、セリアはゆっくりと部屋を後にした。




