25.
同じ頃、公爵邸。
オーレリアは自室で本を読んでいた。
「失礼いたします」
侍女のエマが一礼する。
「お嬢様、バーク侯爵家より返事がございました」
オーレリアは手を止め、顔を上げた。
「二日後にフレディ様がお見えになるそうです」
「そう、分かったわ」
静かに頷く。
エマが部屋を下がると、オーレリアは窓の外に目を向けた。
「いよいよね……」
小さく呟く。
あの日。
兄から、フレディが面会禁止を無視して療養院に押しかけたことを聞いた。
さらに、アレルギー発作を起こしたセリアの処置を妨げたことまで知り、目の前が真っ白になった。
もう無理だと思った。
その日のうちに父にすべてを話し、その後、家族にも伝えた。誰一人として反対はしなかった。
『お前が決めたことなら尊重しよう』
父の言葉を思い出す。
もちろん、婚約は家同士の問題でもある。
正式な手続きや話し合いは父に任せることになるだろう。
けれど。
(最後は、自分の言葉で伝えたい)
二年間の婚約だった。
だからこそ、何も言わず終わらせたくはなかった。
そして、その前に。
「セリア様にも話さないと」
この決断に至れたのは、セリアが勇気を出して手紙を書いてくれたからだ。
事件のあと、何度も手紙のやり取りをしてきたが、自分の決意をきちんと本人に伝えたかった。
オーレリアは机の上に置かれた手紙に視線を落とし、小さく微笑んだ。
「明日は療養院に行きましょう」
◇◇◇
翌日。
オーレリアはセリアの見舞いに訪れた。
「セリア様」
「オーレリア様!」
二人は顔を見合わせると、自然と笑みを浮かべる。
「お加減はいかがですか?」
「はい。おかげさまで、とても元気です」
セリアは嬉しそうに微笑んだ。
「実は、明日の朝に診察を受けて、先生に最終確認をしていただけたら、一泊だけ家に帰ってもいいそうなんです。少しなら、外出もできると言われて」
「まあ、本当ですか!」
オーレリアの表情がぱっと明るくなる。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。今から楽しみで……」
そう話すセリアを見て、オーレリアも自分のことのように嬉しくなった。
「本当によかったです」
二人はしばらく笑顔で話し合う。
やがて、オーレリアは少し表情を引き締めた。
「実は……私もお話があって来ました」
「お話、ですか?」
「どうしてもお伝えしたいことがあるんです。」
セリアが首を傾げる。
オーレリアは静かに頷いた。
「私、フレディ様との婚約を解消しようと思っています」
セリアは驚いて目を見開いた。
「お父様には、『もう会う必要はない』と言われました。でも、最後は自分の言葉で伝えたいんです。だから、明日フレディ様と会うことにしました」
セリアは静かに話を聞いていた。
「……羨ましいです」
セリアは少し寂しそうに笑った。
「オーレリア様は、自分の気持ちをちゃんと伝えられるんですね。私は、最近までずっと何も言えませんでした。我慢してしまうこともまだあって、言いたいことの半分も言えてません」
オーレリアは静かにセリアを見つめる。
「でしたら、セリア様も来ませんか?」
「えっ……?」
「あの日、お手紙を書いてくださったでしょう。あれは勇気を出してくださったからですよね。今度は直接伝えてみませんか」
「……」
「もちろん、お身体が一番です。少しでも無理だと思ったら来なくて構いません。でも、伝えたい気持ちがあるなら、私はセリア様にも後悔してほしくないんです」
セリアは膝の上で手を握りしめた。
今までのことが頭に浮かんでくる。
子爵家の自分では侯爵家であるフレディに強く言うことはできなかった。
父や母に迷惑をかけたくなかった。
けれどあの日、父は言ってくれた。
『お前を守るのは、私たちの役目だ』と。
(……私も)
胸の奥にしまい込んでいた想いが、少しずつ形になっていく。
「私も、伝えたいことがあります。私も……行きたいです。」
オーレリアは優しく微笑んだ。
「では、明日一緒にフレディ様に会いましょう」
「はい」
セリアは力強く頷いた。
自分の意思で、自分の言葉を伝えるために。




