23.
フレディが療養院に行った日の夜。
バーク侯爵家の応接室。
重苦しい空気が部屋を包んでいた。
侯爵は正面に座るフレディを厳しい表情で見つめる。
「フレディ」
「はい……」
「セリア嬢は命を落とすところだった」
静かな声だった。
しかし、その一言の重みは今までとは比べものにならない。
「医師から話は聞いた。アーモンドが原因だったそうだな」
フレディは小さく俯いた。
「僕は、ちゃんとアーモンドが見えるものは避けたんです。だから、大丈夫だと思って……」
侯爵は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「思った、では済まされん。分からないなら店に確認することもできた。なぜ、それをしなかった」
「アーモンドのことは、僕の確認不足でした。それは反省しています」
侯爵はゆっくりと首を横に振る。
「確認不足、で済む話ではない。お前は何度も療養院に見舞いに行っていた。セリア嬢がどれほど苦しんでいたか、その目で見てきたはずだ。それなのに、なぜ確認しなかった」
フレディは言葉に詰まる。
返す言葉が見つからない。
しばらく黙っていたフレディは、小さな声で口を開く。
「でも……」
フレディは真っ直ぐ父を見た。
「例えば、誰にでも失敗はあるじゃないですか。次から気をつければ——」
「違う!」
普段は滅多に声を荒らげない父の怒声に、フレディは思わず息を呑んだ。
「問題は失敗したことではない。お前は今も、その本当の原因を理解していない」
部屋が静まり返る。
その時、侯爵夫人が穏やかな口調で口を開いた。
「あなた、フレディも反省しているじゃありませんか。次から気をつければ、それで十分でしょう?」
侯爵はゆっくりと妻を見る。
「……本気で言っているのか」
「ええ」
侯爵夫人は優しく微笑んだ。
「フレディは昔から優しい子ですもの。今回は少し運が悪かっただけです」
その言葉を聞き、侯爵は静かに目を閉じた。
胸の奥に、重い疲労が積もっていくのを感じる。
妻もまた、この問題の本質を理解していなかった。
侯爵は静かに息を整えると、再びフレディへ視線を向けた。
「もう一つ聞く。なぜ、屋敷を抜け出した」
フレディは迷うことなく答える。
「誤解があると思ったからです」
「誤解?」
「はい。面会禁止なんて、おかしいじゃないですか」
侯爵は黙って続きを促す。
「セリアとちゃんと話せば、分かってもらえると思ったんです。先生方も、ゼイン様も、きっと誤解しています。僕はセリアのためを思っていただけなんです」
侯爵は静かに問いかける。
「そのセリア嬢は、お前に会いたいと言ったのか」
「……え?」
「面会禁止が決まったあと、お前に来てほしいと頼んだのか」
フレディは言葉に詰まる。
「でも……きっとそう思っているはずです。病気の時は、一人だと寂しいですから」
侯爵は深く目を閉じた。
「また、お前の思い込みか」
その一言に、フレディは目を見開く。
「違います。僕も子どもの頃、病気になった時は誰かがそばにいてくれると嬉しかった。だからセリアも——」
「それは、お前の話だ」
侯爵は静かに遮った。
「お前がそう思っていたとしても、セリア嬢も同じだとは限らん。それでも、お前は自分の考えだけを信じた」
フレディは何も言い返せなかった。
侯爵はしばらく息子を見つめていたが、やがて静かに口を開く。
「今日はもう部屋に戻りなさい」
フレディは何か言おうと口を開く。
「父上……」
「今のお前と話しても、同じことの繰り返しだ」
その声には怒りよりも、深い疲れが滲んでいた。
フレディは何か言いたげに父を見つめたが、結局何も言えず、静かに部屋を後にした。
侯爵夫人は心配そうに夫を見た。
「あなた、少し厳しすぎませんか? あの子だって悪気があったわけではありません」
侯爵は何も答えなかった。
(……このままでは駄目だ)
侯爵家を継ぐ者には、領民の命も家臣の人生も預けることになる。
善意だけでは務まらない。
フレディが変わることを信じたい。
だが、侯爵家を預かる者として、それだけを願っているわけにはいかなかった。
(弟とも話をしなければならないかもしれん)
弟には年頃の息子がいる。
今まで考えたこともなかった。
だが、後継者について一から考え直す覚悟も必要なのかもしれない。
侯爵はゆっくりと目を閉じた。
その表情には、父としての悲しみと、侯爵としての決意が静かに滲んでいた。




