22.
翌朝。
目を覚ましたセリアは、ぼんやりと天井を見つめていた。
昨日の出来事が、まるで夢だったように思い返される。
フレディが持ってきたお菓子。
苦しくなっていく呼吸。
そして——。
「……魔王様」
思わず小さく呟く。
黒いローブ。
金色の瞳。
あの姿は、子どもの頃から本で憧れていた魔王そのものだった。
けれど思い出すのは、その姿だけではない。
手を握ってくれた時の温もり。
体に流れる魔力。
『無事でよかった』
静かな声。
思い返すたびに胸の奥がじんわりと温かくなり、自然と頬が緩んだ。
「セリア」
病室の扉が開き、父と母が入ってくる。
「お父様、お母様」
二人はベッドの傍まで来ると、安心したように表情を和らげた。
「体は大丈夫なのか」
父の声に、セリアは微笑んで頷く。
「はい。もう大丈夫です」
母はそっとセリアの手を握った。
「本当に心配したのよ」
「ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃないわ」
母は優しく微笑む。
父も静かな口調で続けた。
「今回の件は、バーク侯爵家へ正式に抗議する」
セリアは驚いたように父を見つめた。
「お父様……」
「今回のような事は二度と起きてはならない」
その表情に迷いはなかった。
「お前を守るのは、私たちの役目だ」
「……はい」
セリアは少し目を潤ませながら、小さく頷いた。
◇◇◇
診察を終え、病室に戻る途中だった。
廊下の向こうから、看護師たちの話し声が聞こえてくる。
「昨日は本当に驚いたわね」
「ゼイン様、すごく怖かった……」
「初めて見たわ、あんなお顔」
「目が合っただけで動けなくなってしまったもの」
セリアは一瞬耳を疑った。
(怖い……?)
その言葉が胸に引っかかる。
自分にとってゼインは、ずっと憧れの存在だった。
勇者の物語に登場する魔王のように、強くてかっこいい人。
初めて会った時も、治療をしてもらった時も、そんなふうに思ったことは一度もない。
(私……)
小さく俯く。
(そんなこと、考えたこともなかった)
ふと、以前の会話を思い出す。
『……わかる』
ゼインがぽつりと口にした、あの一言。
あの時は、自分の気持ちを分かってくれたことが嬉しくて、それ以上深く考えなかった。
けれど、昨日の出来事を思い返す。
看護師たちはゼインを見て何も言えずにいた。
あれほどの力を持つ人だ。畏れられることもあるのかもしれない。
(あの一言も……)
ただ病気で苦しむ自分に向けて言ったというだけではなかったのかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
「セリア?」
車椅子を押していた母が、不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたの?」
セリアははっと我に返り、小さく笑った。
「ううん。少し考え事をしていただけ」
病室に戻り、窓の外に目を向ける。
青く澄んだ空が広がっていた。
ゼインは、どんな人なのだろう。
強くて、いつも落ち着いていて、言葉は少ない。
それでも、苦しい時には手を握ってくれて、最後には『無事でよかった』と言ってくれた。
治療をしてもらっているのに、セリアはゼインのことをほとんど知らなかった。
あれは、どんな思いから出た言葉だったのだろう。
(もっと知りたい)
その気持ちが、静かに胸の中に芽生えていた。
ふと、以前読んだ勇者の物語を思い出す。
『私なら、一人にしません』
あれは、物語の魔王に向けて口にした言葉だった。
どうしてその言葉が浮かんだのか。
セリアにも、まだ分からなかった




