21.
「離れろ」
低く静かな声が病室に響く。
フレディが振り返る。
「ゼイン様」
「処置の邪魔だ」
「違う!」
フレディは必死に首を振る。
「僕は助けたいだけなんだ!セリアは——」
最後まで言うことはできなかった。
ゼインが静かに右手を上げた。
指先から放たれた魔力が、空気を震わせる。
次の瞬間、目に見えない衝撃がフレディの体を包み込んだ。
「うわっ!」
ふわりと体が浮き、そのまま病室の壁際まで吹き飛ばされる。
鈍い音とともに床に倒れ込んだ。
大きな怪我はない。
だが、突然の出来事に立ち上がることもできない。
病室にいた看護師たちは息を呑んだ。
魔塔主。
国内最強の魔法使い。
その力を目の当たりにし、誰も声を出せない。
セリアは薄れていく意識の中で、その光景をぼんやりと見つめていた。
黒いローブ。
金色の瞳。
まるで物語から現れたような姿。
苦しそうに息を吐きながら、それでも安心したようにかすれた声が小さく漏れる。
「……魔王様」
ゼインは何も答えない。
「イクス」
「はい」
一言だけで十分だった。
イクスはすぐに頷く。
「フレディ様、こちらへお願いします。処置の妨げになります」
腕を貸そうとするが、フレディは呆然としたまま動けない。
「僕は……セリアが……」
「今は先生方にお任せください」
イクスは穏やかな口調のまま言う。
「ゼイン様がいらっしゃいます」
それでもフレディは病室を見つめ続けていた。
イクスは静かに肩に手を添える。
「行きましょう」
そのまま病室の外に連れ出した。
◇◇◇
ゼインはすぐにセリアのそばへ歩み寄る。
「状態は」
「呼吸が苦しそうです! 薬の準備を!」
当直医が指示を飛ばす。
主治医も駆けつけ、治療にあたる。
ゼインは迷うことなくセリアの手を取った。
「魔力を流す」
静かな魔力がセリアの体へ流れ込む。
乱れた魔力を少しずつ落ち着かせていく。
「呼吸が安定してきました!」
看護師が安堵の声を上げる。
ゼインは最後まで手を離さなかった。
やがて処置は無事に終わる。
「峠は越えました」
その言葉を聞き、病室の空気がようやく和らいだ。
「後は任せる」
「はい」
ゼインは小さく頷くと、静かに部屋を出た。
◇◇◇
廊下ではフレディが俯いたまま座っていた。
ゼインはその前で足を止める。
しばらく沈黙が流れる。
先に口を開いたのはゼインだった。
「お前は」
低く落ち着いた声だった。
「優しいつもりなのだろう」
フレディはゆっくり顔を上げる。
「もちろんだ。僕はいつもセリアのためを思って——」
「違う」
その一言で言葉を遮られる。
「一度でも、相手が望むことを聞いたか」
フレディは言葉を失う。
「彼女の話を最後までちゃんと聞いたことがあるか。お前に注意してくれた人もいたはずだ。それでも、お前は自分の考えを優先した」
ゼインの視線はまっすぐだった。
「優しさとは、自分がしたいことではない。相手が望むことを考えることだ」
静かな言葉ほど胸に突き刺さる。
フレディは何も返せなかった。
ゼインはそれ以上何も言わず、再び病室に戻っていった。
一人残されたフレディが、呆然とつぶやく。
「僕は……間違っていたのか」
◇◇◇
どれほど眠っていたのだろう。
セリアはゆっくりと目を開けた。
最初に見えたのは、ベッドの傍らに座るゼインだった。
目が合う。
「……魔王様?」
ぼんやりと呟く。
ゼインは小さく息を吐いた。
「魔王ではない。……目が覚めたか」
その声を聞いて、ほっとする。
夢ではなかった。
「体調はどうだ」
「……大丈夫です」
少し掠れた声だったが、呼吸は落ち着いていた。
ゼインは小さく息を吐く。
「そうか」
そして、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「無事でよかった」
その一言に、セリアは静かに微笑んだ。




