20.
屋敷の廊下を歩きながら、フレディは周囲の様子を窺っていた。
父から外出を禁じられている。
それでも、どうしてもセリアに会いたかった。
(少しだけなら大丈夫だ。すぐ戻れば気づかれない)
使用人たちが別の仕事で席を外した隙を見計らい、フレディは裏門から屋敷を抜け出した。
◇◇◇
王都の菓子店。
店先には色とりどりの焼き菓子が並び、多くの客で賑わっていた。
「新作の焼き菓子です!」
「当店一番人気!」
大きなポスターが目に入る。
そこには香ばしく焼き上げられた焼き菓子が描かれ、その上には細かく砕いたアーモンドが散らされていた。
「美味しそうだな」
思わず足を止める。
だが、すぐに首を横に振った。
「いや、これは駄目だ。セリアはアーモンドが食べられないんだった」
そのまま店内を見回す。
少し離れた場所に、別の焼き菓子が並んでいた。
見た目にはアーモンドは使われていない。
「これなら大丈夫そうだ」
箱を手に取り、小さく笑う。
「セリアも喜んでくれるかな」
会計を済ませると、大切そうに箱を抱えて店を後にした。
◇◇◇
しばらくして、王立魔法療養院に到着する。
入口へ足を踏み入れた瞬間、受付の看護師が驚いたように立ち上がった。
「……フレディ様」
「こんにちは」
いつものように笑顔で挨拶する。
「セリアのお見舞いに来たよ」
看護師は困ったような表情を浮かべた。
「申し訳ございません。フレディ様は面会をご遠慮いただくよう、院長より指示を受けております。どうか、お引き取りください」
静かに頭を下げられる。
だが、フレディは納得できなかった。
「何かの間違いだよ。僕がセリアに会えないなんて、おかしいじゃないか」
「申し訳ありません。ゼイン様からも、同様のご指示をいただいております」
その名前を聞き、フレディは眉をひそめた。
「ゼイン様?」
「はい。だからこそ、今日はお帰りください」
フレディは首を横に振る。
「僕はセリアと少し話をするだけなんだ。すぐ帰るから」
「ですが……」
看護師が言い終わる前に、フレディは歩き出した。
「フレディ様!」
慌てて後を追う。
もう一人の看護師に振り返った。
「院長先生へ連絡してください! それとゼイン様にも! 主治医の先生は?」
「今は他の患者様の治療中です!」
「分かりました!」
慌ただしく廊下を駆けていく。
それを横目に見ながらも、フレディの足は止まらなかった。
『セリアと話せば分かる』
それだけを信じて歩き続ける。
◇◇◇
病室の扉を開けると、ベッドで本を読んでいたセリアが驚いたように顔を上げた。
「フレディ様……?」
「やっと会えた」
嬉しそうに笑うフレディとは対照的に、セリアの表情は戸惑いに変わる。
「どうしてここに……」
その後ろから、息を切らした看護師が病室に入ってきた。
「申し訳ありません、セリア様。止めたのですが……」
困り切った表情だった。
セリアは小さく息を吐く。
フレディに何を言っても聞いてくれないことは、もう嫌というほど分かっていた。
だからこそ、今は看護師を困らせたくなかった。
「フレディ様」
できるだけ落ち着いた声で言う。
「少しだけお話ししたら、今日は必ず帰ってください」
いつもより少しだけ強い口調だった。
フレディは安心したように笑う。
「もちろんだよ。今日は話がしたくて来たんだ」
そう言うと、大事そうに抱えていた箱をセリアに差し出した。
「今日は君にお菓子を買ってきたんだ」
セリアは箱を見つめ、少し考えた。
フレディは自分のアレルギーを知っている。
だから、大丈夫なお菓子を選んでくれたのだろう。
そう思いながら、セリアはそっと箱を受け取った。
「開けてみて」
フレディに促され、セリアは箱の蓋を開けた。
焼き菓子の甘い香りがふわりと広がる。
「……美味しそう」
「だろう?」
フレディは満足そうに笑う。
「一番人気のお店で買ってきたんだ」
セリアは焼き菓子を一つ手に取った。
少しだけ戸惑う。
(フレディ様は知っているもの)
だから大丈夫。
そう信じて、小さく一口かじった。
「どう?」
「……美味しいです」
優しい甘さが口の中に広がる。
フレディは嬉しそうに笑った。
「よかった」
その様子を見守っていた看護師も、少しだけ安心したように息をつく。
だが、その直後だった。
「……あれ?」
セリアが小さく喉に手を当てた。
違和感があった。
喉がひりつく。
息が吸いづらい。
「セリア様?」
看護師が慌てて駆け寄る。
セリアは苦しそうに呼吸を繰り返した。
「くるし……」
看護師はすぐに箱を手に取る。
裏面の原材料表示に目を落とした瞬間、その顔色が変わった。
「アーモンド……! アーモンドパウダーが使われています!」
「え……?」
フレディは箱を覗き込み、目を見開く。
「そんな……」
慌てて焼き菓子を見る。
「でも、アーモンドはのっていませんよ」
看護師は首を横に振った。
「生地に練り込まれているんです! すぐ先生を!」
病室の外に声が響く。
駆けつけた院長が状況を確認し、すぐに指示を飛ばした。
「主治医はまだ治療中です! 治療が終わり次第、すぐこちらへ!」
「至急、当直医を!」
「はい!」
病室の空気が一気に慌ただしくなる。
当直医が到着し、セリアの様子を確認する。
「処置を始めます! 離れてください!」
フレディは呆然と立ち尽くしていた。
「そんな……ちゃんと考えたのに……アーモンドがのっているお菓子は避けたのに」
震える声で呟く。
「だから大丈夫だと……思って」
「フレディ様!」
当直医が厳しく声を上げる。
「処置ができません!」
しかし、フレディはセリアの手を握ろうと前に出た。
「僕がそばにいます! セリア、大丈夫だから!」
「離れてください!」
看護師が止めようとしても、フレディは首を横に振る。
「僕が励ましてあげないと!」
その時だった。
病室の外が、不意に静まり返る。
廊下から聞こえていた足音も、誰かの話し声も止んだ。
ゆっくりと病室の扉が開く。
黒いローブが静かに揺れた。
金色の瞳が部屋の中を見渡す。
その姿を見た看護師たちが、思わず道を開けた。
「ゼイン様……!」
苦しそうに息をするセリア。
必死に処置を続ける当直医。
その前には、立ち尽くすフレディ。
ゼインの瞳が静かに細められた。
そして、低く静かな声で告げた。
「……何をしている」




