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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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20/52

20.

 屋敷の廊下を歩きながら、フレディは周囲の様子を窺っていた。

 父から外出を禁じられている。

 それでも、どうしてもセリアに会いたかった。


(少しだけなら大丈夫だ。すぐ戻れば気づかれない)


 使用人たちが別の仕事で席を外した隙を見計らい、フレディは裏門から屋敷を抜け出した。


◇◇◇


 王都の菓子店。

 店先には色とりどりの焼き菓子が並び、多くの客で賑わっていた。


「新作の焼き菓子です!」

「当店一番人気!」


 大きなポスターが目に入る。

 そこには香ばしく焼き上げられた焼き菓子が描かれ、その上には細かく砕いたアーモンドが散らされていた。


「美味しそうだな」


 思わず足を止める。

 だが、すぐに首を横に振った。


「いや、これは駄目だ。セリアはアーモンドが食べられないんだった」


 そのまま店内を見回す。

 少し離れた場所に、別の焼き菓子が並んでいた。

 見た目にはアーモンドは使われていない。


「これなら大丈夫そうだ」


 箱を手に取り、小さく笑う。


「セリアも喜んでくれるかな」


 会計を済ませると、大切そうに箱を抱えて店を後にした。


◇◇◇


 しばらくして、王立魔法療養院に到着する。

 入口へ足を踏み入れた瞬間、受付の看護師が驚いたように立ち上がった。


「……フレディ様」

「こんにちは」


 いつものように笑顔で挨拶する。


「セリアのお見舞いに来たよ」


 看護師は困ったような表情を浮かべた。


「申し訳ございません。フレディ様は面会をご遠慮いただくよう、院長より指示を受けております。どうか、お引き取りください」


 静かに頭を下げられる。

 だが、フレディは納得できなかった。


「何かの間違いだよ。僕がセリアに会えないなんて、おかしいじゃないか」

「申し訳ありません。ゼイン様からも、同様のご指示をいただいております」


 その名前を聞き、フレディは眉をひそめた。


「ゼイン様?」

「はい。だからこそ、今日はお帰りください」


 フレディは首を横に振る。


「僕はセリアと少し話をするだけなんだ。すぐ帰るから」

「ですが……」


 看護師が言い終わる前に、フレディは歩き出した。


「フレディ様!」


 慌てて後を追う。

 もう一人の看護師に振り返った。


「院長先生へ連絡してください! それとゼイン様にも! 主治医の先生は?」

「今は他の患者様の治療中です!」

「分かりました!」


 慌ただしく廊下を駆けていく。

 それを横目に見ながらも、フレディの足は止まらなかった。

『セリアと話せば分かる』

 それだけを信じて歩き続ける。


◇◇◇


 病室の扉を開けると、ベッドで本を読んでいたセリアが驚いたように顔を上げた。


「フレディ様……?」

「やっと会えた」


 嬉しそうに笑うフレディとは対照的に、セリアの表情は戸惑いに変わる。


「どうしてここに……」


 その後ろから、息を切らした看護師が病室に入ってきた。


「申し訳ありません、セリア様。止めたのですが……」


 困り切った表情だった。

 セリアは小さく息を吐く。

 フレディに何を言っても聞いてくれないことは、もう嫌というほど分かっていた。

 だからこそ、今は看護師を困らせたくなかった。


「フレディ様」


 できるだけ落ち着いた声で言う。


「少しだけお話ししたら、今日は必ず帰ってください」


 いつもより少しだけ強い口調だった。

 フレディは安心したように笑う。


「もちろんだよ。今日は話がしたくて来たんだ」


 そう言うと、大事そうに抱えていた箱をセリアに差し出した。


「今日は君にお菓子を買ってきたんだ」


 セリアは箱を見つめ、少し考えた。

 フレディは自分のアレルギーを知っている。

 だから、大丈夫なお菓子を選んでくれたのだろう。

 そう思いながら、セリアはそっと箱を受け取った。


「開けてみて」


 フレディに促され、セリアは箱の蓋を開けた。

 焼き菓子の甘い香りがふわりと広がる。


「……美味しそう」

「だろう?」


 フレディは満足そうに笑う。


「一番人気のお店で買ってきたんだ」


 セリアは焼き菓子を一つ手に取った。

 少しだけ戸惑う。


(フレディ様は知っているもの)


 だから大丈夫。

 そう信じて、小さく一口かじった。


「どう?」

「……美味しいです」


 優しい甘さが口の中に広がる。

 フレディは嬉しそうに笑った。


「よかった」


 その様子を見守っていた看護師も、少しだけ安心したように息をつく。

 だが、その直後だった。


「……あれ?」


 セリアが小さく喉に手を当てた。

 違和感があった。

 喉がひりつく。

 息が吸いづらい。


「セリア様?」


 看護師が慌てて駆け寄る。

 セリアは苦しそうに呼吸を繰り返した。


「くるし……」


 看護師はすぐに箱を手に取る。

 裏面の原材料表示に目を落とした瞬間、その顔色が変わった。


「アーモンド……! アーモンドパウダーが使われています!」

「え……?」


 フレディは箱を覗き込み、目を見開く。


「そんな……」


 慌てて焼き菓子を見る。


「でも、アーモンドはのっていませんよ」


 看護師は首を横に振った。


「生地に練り込まれているんです! すぐ先生を!」


 病室の外に声が響く。

 駆けつけた院長が状況を確認し、すぐに指示を飛ばした。


「主治医はまだ治療中です! 治療が終わり次第、すぐこちらへ!」

「至急、当直医を!」

「はい!」


 病室の空気が一気に慌ただしくなる。

 当直医が到着し、セリアの様子を確認する。


「処置を始めます! 離れてください!」


 フレディは呆然と立ち尽くしていた。


「そんな……ちゃんと考えたのに……アーモンドがのっているお菓子は避けたのに」


 震える声で呟く。


「だから大丈夫だと……思って」

「フレディ様!」


 当直医が厳しく声を上げる。


「処置ができません!」


 しかし、フレディはセリアの手を握ろうと前に出た。


「僕がそばにいます! セリア、大丈夫だから!」

「離れてください!」


 看護師が止めようとしても、フレディは首を横に振る。


「僕が励ましてあげないと!」


 その時だった。

 病室の外が、不意に静まり返る。

 廊下から聞こえていた足音も、誰かの話し声も止んだ。

 ゆっくりと病室の扉が開く。

 黒いローブが静かに揺れた。

 金色の瞳が部屋の中を見渡す。

 その姿を見た看護師たちが、思わず道を開けた。


「ゼイン様……!」


 苦しそうに息をするセリア。

 必死に処置を続ける当直医。

 その前には、立ち尽くすフレディ。

 ゼインの瞳が静かに細められた。

 そして、低く静かな声で告げた。


「……何をしている」

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