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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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2/10

2.

「では、胸の苦しさは昨日より少し落ち着いていますね」


 診察室で主治医はカルテに視線を落としながら穏やかに言った。

 セリアは小さく頷く。


「はい。少し眠れました」

「熱も下がっています。このまま無理をせず、ゆっくり過ごしてください」

「ありがとうございます」


 診察は終わったものの、主治医はどこか言いづらそうな表情を浮かべていた。


「……昨日もフレディ様がお見舞いに来られたそうですね」


 その言葉に、セリアは困ったように笑う。


「はい……」

「長い時間いらっしゃったとか」

「心配してくださっているだけですから」


 自然とそう答えてしまう。

 主治医は小さくため息をついた。


「本来でしたら、患者様の体調を優先して面会時間を制限するべきなのですが……申し訳ありません」


 セリアは慌てて首を横に振った。


「先生が謝ることではありません」

「ですが」


 主治医は少し声を落とす。


「バーク侯爵家は、この王立魔法療養院へ長年多くの寄付をしてくださっています。療養院としても、あまり強くは申し上げられないのです」

「……そうですね」


 セリアもその事情は知っていた。

 だからこそ、先生たちを責めることはできなかった。

 分かっているから、余計につらかった。


「何かありましたら、すぐに私に知らせてください」

「はい」


 診察室を出ると、セリアはゆっくりと廊下を歩き始めた。

 病室に戻る途中、中庭が見えた。

 大きな噴水の周りには色とりどりの花が咲き、患者たちが思い思いに過ごしている。


 車椅子で読書をする少年。

 木陰で家族と談笑する女性。

 小さな子どもたちは魔法でふわりと浮かぶシャボン玉を追いかけ、楽しそうな笑い声を響かせていた。


 ここは王立魔法療養院。

 魔力に関わる病を抱えた者たちが治療を受ける場所だ。

 長く入院する患者も多く、セリアも幼い頃から何度もここで過ごしてきた。


「セリア様!」


 明るい声に振り返ると、看護師が数人駆け寄ってくる。


「昨日は大丈夫でしたか?」

「はい。ご心配をおかけしました」

「こちらをどうぞ」


 小さな袋を差し出される。


「これは?」

「フレディ様がお持ちくださった焼き菓子です」

「看護師の皆んなにもたくさんくださって。セリア様の分も取っておいたんですよ」


 袋の中には可愛らしく包まれた焼き菓子が入っていた。


「ありがとうございます」

「フレディ様、本当にお優しいですよね」

「いつもセリア様のお見舞いに来てくださって」

「羨ましいです」


 看護師たちは楽しそうに笑う。

 セリアも笑顔を作った。


「そうですね」


 それ以上は何も言えなかった。


◇◇◇


 病室へ戻ると、セリアはベッドに横になり、小さく息をつく。

 机の上に置いた焼き菓子をぼんやりと眺める。


 みんなフレディを優しい人だと言う。

 それは間違ってはいない。

 病気になってからも、ずっとお見舞いに来てくれた。そのことだけは本当にありがたかった。

 でも——。


「……このままじゃ駄目。ちゃんと伝えなくちゃ」


 小さく呟く。

 昨日もフレディはオーレリアとの約束を断ってここに来た。

 一度や二度ではない。

 何度も、何度も。


 侯爵家と公爵家の婚約。

 そんな大切な約束を、自分のせいで壊してしまっている。

 もし公爵家が怒ってしまったら、子爵家であるホワイト家にできることなど何もない。

 考えれば考えるほど、不安になった。


 コンコン。

 病室の扉が叩かれる。


「お母様」


 入ってきた母は優しく微笑みながら椅子に座った。


「今日は顔色がいいわね」

「うん」


 少しだけ他愛のない話をした後、セリアは思い切って切り出した。


「ねえ、お母様」

「どうしたの?」

「フレディ様に……もう少しお見舞いを控えていただくようお願いできませんか?」


 母の表情が曇る。


「……難しいわ。あなたのお父様も話そうとはしたのよ」

「そうなのですか……」

「我が家から侯爵家へお願いするのは簡単ではないの」


 静かな声だった。

 母も困っているのが伝わってくる。


「力になれなくて、ごめんなさいね」

「ううん……」


 母を責める気持ちなどなかった。

 むしろ、自分のせいで頭を悩ませていることが申し訳ない。

 母が帰り、一人になった病室は静かだった。

 セリアは窓の外を見つめる。


「私が何とかしなくちゃ」


 フレディ様に言ってもきっと伝わらない。

 なら、婚約者であるオーレリア様に事情を知っていただくしかない。

 そうしなければ、もっと多くの人に迷惑をかけてしまう。

 セリアは何度も深呼吸を繰り返し、震える手で便箋を取り出した。

 ペンを持つと、一文字ずつ丁寧に書き始めた。


『オーレリア様へ』


 それは、セリアが初めてフレディの婚約者へ宛てた手紙だった。

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