1.
王都の中心街は、今日も多くの人で賑わっていた。
石畳の通りには色とりどりの花が飾られ、焼きたてのパンの香りが風に乗って漂っている。休日ということもあり、恋人や家族連れが楽しそうに行き交っていた。
そんな街並みを窓越しに眺めながら、オーレリア・キャンベルは冷めかけた紅茶を一口飲んだ。
待ち合わせの時間は、すでに過ぎている。
向かいの席には、まだ誰もいなかった。
「……またですか」
オーレリアは小さくため息をついた。
ここ数か月、同じようなことが何度も続いていた。
婚約者であるフレディ・バークは、約束の時間になっても現れない。
理由も、いつも同じだった。
幼馴染であるセリア・ホワイトの見舞いだ。
最初は仕方がないと思っていた。
病を患っている幼馴染を心配するのは、当然のことだと。
しかし、一度だけだったはずの予定変更は、いつの間にか当たり前のように繰り返されるようになっていた。
「オーレリア様」
聞き慣れた声に顔を上げると、フレディの従者が立っていた。急いできたのか、わずかに息を切らしている。
「フレディ様より伝言をお預かりしております」
その言葉だけで、オーレリアはすべてを察した。
「セリア様の体調が優れないため、フレディ様は王立魔法療養院へ向かわれました」
「……そうですか」
「『今日は行けなくなってしまった。申し訳ない』とのことです」
従者は申し訳なさそうに頭を下げた。
もちろん、彼に罪はない。
主人から預かった伝言を届けに来ただけなのだから。
「分かりました。わざわざ伝えに来てくださり、ありがとうございます」
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
従者はもう一度深く頭を下げ、その場を後にした。
オーレリアは窓の外へ目を向けた。
楽しそうに通りを歩く人々の笑い声が、店の中まで聞こえてくる。
今日こそは婚約者と穏やかな時間を過ごせると思っていた。
だが、その期待も静かに裏切られた。
「帰りましょう」
「かしこまりました」
侍女を伴って席を立つ。
空いたままの向かいの席を一瞬だけ見つめ、オーレリアは静かに店を後にした。
◇◇◇
「セリア、大丈夫かい?」
王立魔法療養院の一室。
柔らかな日差しが差し込む病室で、フレディはベッドの横に椅子を寄せ、心配そうにセリアを覗き込んでいた。
ベッドに横たわるセリアは、困ったように笑って首を横に振る。
「はい。今日は少し体調が悪いだけですから、休めば大丈夫です」
「遠慮しなくていいんだ」
「いえ、私のことは気にしないでください」
フレディは優しく微笑んだ。
「病気の時に一人でいるのは寂しいだろう? 僕がそばにいるよ」
「あの……ですが、今日はオーレリア様とのご予定があったのでは……」
「そんなことは気にしなくていいよ」
フレディは迷うことなく答えた。
「オーレリアなら事情を分かってくれるさ。今は君の体調の方が心配だからね」
「……そう、ですか」
セリアは曖昧に笑った。
本当は、一人で静かに眠らせてほしかった。
「少し眠りたいので……」
それでも精いっぱいの意思表示をしたつもりだった。
「安心して。僕は静かにしているから」
フレディは大きく頷いた。
ようやく休める。
セリアがそう思った、次の瞬間だった。
「そういえば、今日街で面白い話を聞いたんだ」
(静かにするのでは……?)
「新しくできた菓子店が、とても評判らしくてね——」
フレディは楽しそうに話し始めた。
セリアは曖昧に相槌を打ちながら、そっと目を閉じた。
眠りたいという意思表示のつもりだったが、フレディはまるで気づかなかった。
「それでね」
(寝たい……)
「店の前には長い列ができていたんだ」
(帰ってほしい……)
「君も元気になったら、一緒に行こう」
「……はい」
セリアは力なく答えた。
自分よりもはるかに身分の高い侯爵家の嫡男であり、幼い頃から何かと気にかけてくれた相手だ。
そんな彼に、もう帰ってほしいとは言い出せなかった。だから今日も、セリアは笑顔を作った。
「ありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
嬉しそうに笑うフレディを見て、セリアは心の中で大きく叫んだ。
(あなたがいるから休めないんですけどーー!)




