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病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


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1/11

1.

 王都の中心街は、今日も多くの人で賑わっていた。

 石畳の通りには色とりどりの花が飾られ、焼きたてのパンの香りが風に乗って漂っている。休日ということもあり、恋人や家族連れが楽しそうに行き交っていた。


 そんな街並みを窓越しに眺めながら、オーレリア・キャンベルは冷めかけた紅茶を一口飲んだ。

 待ち合わせの時間は、すでに過ぎている。

 向かいの席には、まだ誰もいなかった。


「……またですか」


 オーレリアは小さくため息をついた。

 ここ数か月、同じようなことが何度も続いていた。

 婚約者であるフレディ・バークは、約束の時間になっても現れない。


 理由も、いつも同じだった。

 幼馴染であるセリア・ホワイトの見舞いだ。

 最初は仕方がないと思っていた。

 病を患っている幼馴染を心配するのは、当然のことだと。

 しかし、一度だけだったはずの予定変更は、いつの間にか当たり前のように繰り返されるようになっていた。


「オーレリア様」


 聞き慣れた声に顔を上げると、フレディの従者が立っていた。急いできたのか、わずかに息を切らしている。


「フレディ様より伝言をお預かりしております」


 その言葉だけで、オーレリアはすべてを察した。


「セリア様の体調が優れないため、フレディ様は王立魔法療養院へ向かわれました」

「……そうですか」

「『今日は行けなくなってしまった。申し訳ない』とのことです」


 従者は申し訳なさそうに頭を下げた。

 もちろん、彼に罪はない。

 主人から預かった伝言を届けに来ただけなのだから。


「分かりました。わざわざ伝えに来てくださり、ありがとうございます」

「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 従者はもう一度深く頭を下げ、その場を後にした。


 オーレリアは窓の外へ目を向けた。

 楽しそうに通りを歩く人々の笑い声が、店の中まで聞こえてくる。

 今日こそは婚約者と穏やかな時間を過ごせると思っていた。

 だが、その期待も静かに裏切られた。


「帰りましょう」

「かしこまりました」


 侍女を伴って席を立つ。

 空いたままの向かいの席を一瞬だけ見つめ、オーレリアは静かに店を後にした。


◇◇◇


「セリア、大丈夫かい?」


 王立魔法療養院の一室。

 柔らかな日差しが差し込む病室で、フレディはベッドの横に椅子を寄せ、心配そうにセリアを覗き込んでいた。

 ベッドに横たわるセリアは、困ったように笑って首を横に振る。


「はい。今日は少し体調が悪いだけですから、休めば大丈夫です」

「遠慮しなくていいんだ」

「いえ、私のことは気にしないでください」


 フレディは優しく微笑んだ。


「病気の時に一人でいるのは寂しいだろう? 僕がそばにいるよ」

「あの……ですが、今日はオーレリア様とのご予定があったのでは……」

「そんなことは気にしなくていいよ」


 フレディは迷うことなく答えた。


「オーレリアなら事情を分かってくれるさ。今は君の体調の方が心配だからね」

「……そう、ですか」


 セリアは曖昧に笑った。

 本当は、一人で静かに眠らせてほしかった。


「少し眠りたいので……」


 それでも精いっぱいの意思表示をしたつもりだった。


「安心して。僕は静かにしているから」


 フレディは大きく頷いた。

 ようやく休める。

 セリアがそう思った、次の瞬間だった。


「そういえば、今日街で面白い話を聞いたんだ」


(静かにするのでは……?)


「新しくできた菓子店が、とても評判らしくてね——」


 フレディは楽しそうに話し始めた。

 セリアは曖昧に相槌を打ちながら、そっと目を閉じた。

 眠りたいという意思表示のつもりだったが、フレディはまるで気づかなかった。


「それでね」


(寝たい……)


「店の前には長い列ができていたんだ」


(帰ってほしい……)


「君も元気になったら、一緒に行こう」

「……はい」


 セリアは力なく答えた。


 自分よりもはるかに身分の高い侯爵家の嫡男であり、幼い頃から何かと気にかけてくれた相手だ。

 そんな彼に、もう帰ってほしいとは言い出せなかった。だから今日も、セリアは笑顔を作った。


「ありがとうございます」

「気にしなくていいよ」


 嬉しそうに笑うフレディを見て、セリアは心の中で大きく叫んだ。


(あなたがいるから休めないんですけどーー!)

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