18.
それから五日後。
三度目の治療も、大きな問題なく終わった。
治療後、病室に戻ったセリアは主治医の診察を受けていた。
ベッドに横になっていたセリアは、ゆっくりと息を吐いた。
「お疲れさまでした」
主治医が優しく声をかける。
「ありがとうございます」
体は疲れている。
それでも、以前のように起き上がれないほどではなかった。
「前よりずっと楽です」
その言葉に、主治医は嬉しそうに頷く。
「順調ですね」
診察を終えると、主治医は別の患者のもとに向かった。
病室にはゼインとイクス、そしてセリアの三人だけが残る。
イクスは二人の様子を眺めながら、小さく笑った。
最近のゼインは、以前よりもわずかに表情が柔らかくなったように見える。
セリアの純粋さのおかげなのか、それとも『魔王様』と呼ばれているせいなのか。
本人は認めないだろうが、悪い変化ではない。
自然と口元が緩んだ。
その視線に気づいたゼインが、ちらりとイクスを見る。
「……何だ」
「いえ、別に」
「そうか」
短く返事をするゼイン。
その様子が可笑しくなり、イクスは思わず笑いそうになった。
「では、治療記録を主治医の先生に渡してきます」
そう言って病室を出ていった。
部屋には静かな空気が流れる。
ゼインはふと、ベッドの横に置かれていた本に目を向けた。
「また勇者の本か」
「はい」
セリアは嬉しそうに頷いた。
「でも、一番好きなのは魔王様なんです」
ゼインは本を手に取り、表紙を眺めた。
「以前もそう言っていたな。なぜ勇者ではなく魔王なんだ」
セリアは少し考えるように視線を上げた。
「最初は勇者が好きでした。冒険して、仲間が増えて、知らない世界へ行くお話が大好きで」
楽しそうに笑う。
「私にはできないことばかりだったので、読んでいるだけでわくわくしたんです。その頃は、魔王様のことも、ただ強くて格好いいと思っていました」
だが、その笑顔は少しだけ寂しそうに変わる。
「でも、ある時気づいたんです」
そっと本を見つめる。
「この魔王様も、ずっと一人なんだって」
静かな声だった。
「勇者には仲間がいます。でも魔王様は、最後まで一人で戦うんです」
少しだけ笑う。
「私も幼い頃から、みんなが外で遊んでいるのを部屋から見ていることが多くて、学園に通うこともできませんでした」
照れくさそうに目を伏せる。
「勝手に親近感を持ってしまいました」
ゼインは何も言わず、その話を聞いていた。
セリアの言葉が、自分の過去と重なった。
魔力が強くなるほど、人は自然と距離を置くようになった。
魔塔主となった今、周囲は敬意を払う。だが、その視線の奥にあるものは尊敬だけではない。
畏れ。緊張。そして、決して踏み込もうとしない遠慮。
立場上、周囲には常に人がいる。
それでも、本当の意味で隣に立つ者はほとんどいなかった。
長い沈黙のあと、ゼインはぽつりと呟いた。
「……わかる」
その一言だけだった。
セリアは目を丸くする。
「ゼイン様でも……ですか?」
思わず聞き返してしまう。
ゼインは答えない。
ただ静かに本を閉じると、セリアに返した。
それ以上何も語らない。
それでもセリアの胸は、不思議と温かくなっていた。
(私の気持ちを、分かってくれたんだ)
そのことが、何より嬉しかった。
ゼインは静かに立ち上がる。
「治療の後だ。今日はもう休め」
「あっ……」
気づけば、思ったより長く話し込んでいた。
「すみません」
「気にするな」
短く答え、ゼインは扉に向かう。
「また来週だ」
「はい」
セリアは笑顔で頷いた。
「ありがとうございました」
病室を出ていくゼインの背中を、セリアは見つめていた。
扉が閉まると、手元の本に視線を落とした。
(魔王様……)
セリアは本を抱きしめ、小さく微笑んだ。
『わかる』というあの一言は、いつまでもセリアの胸に残った。




