17.
二日後。
午後の日差しが病室に差し込む頃、扉が静かに叩かれた。
「セリア様、入ってもよろしいかしら」
「オーレリア様!」
セリアは嬉しそうに顔を上げた。
オーレリアは病室に入ると、以前よりも血色の良いセリアを見て安堵したように微笑んだ。
「元気そうで安心したわ」
「はい」
セリアも自然と笑顔になった。
「治療を始めてから、前よりずっと体が楽なんです」
「それは良かった」
オーレリアは窓際の椅子に腰を掛けた。
しばらく近況を話していると、セリアが「あっ」と何かを思い出したように声を上げる。
「そうでした。ゼイン様に、私のことを話してくださったんですよね」
オーレリアは小さく首を横に振った。
「それは少し違うわ」
「え?」
「あなたを診ると決めたのは、お兄様自身よ」
穏やかに微笑む。
「私は、療養院に友達ができたと話しただけ」
「そうだったんですね……」
セリアは少し照れたように笑った。
「でも、きっかけを作ってくださったのはオーレリア様です。本当にありがとうございます」
オーレリアはその言葉を聞き、優しく目を細めた。
「お礼を言うのは私の方よ。フレディ様から聞いたわ」
セリアは不思議そうに首を傾げる。
「私を庇ってくれたそうね」
その言葉に、セリアは少し恥ずかしそうに笑った。
「だって、本当のことですから。オーレリア様は、そんなことをする人じゃありません」
迷いのない言葉だった。
オーレリアは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
二人は顔を見合わせる。
「最初にお会いした時は、お互い謝ってばかりでしたね」
セリアがくすっと笑う。
「ええ」
オーレリアも思わず笑みをこぼした。
「まさか、こんなふうに笑って話せるようになるなんて思わなかったわ」
病室には穏やかな空気が流れる。
笑いが落ち着いた頃、セリアの表情が少し曇り、迷ったように視線を落とした。
「実は……」
面会禁止になった経緯を、ゆっくりと話し始める。
オーレリアは最後まで黙って聞いていた。
「そう……」
静かに息をつく。
「面会禁止になったことは、お兄様から聞いてはいたけれど、実際にあなたの口から聞くと……胸が痛いわ」
「はい……幼い頃からお世話になってきた方なので、少し複雑な気持ちでもあります」
セリアは正直にそう言った。
「でも、先生方が私のために決めてくださったことですから」
オーレリアは小さく頷いた。
「あなたが安心して治療を受けられることが、一番大切よ」
そして話題を変えるように、小さな箱を差し出した。
「治療を頑張っているあなたに、何か贈りたいと思って」
「私にですか?」
包みを開けると、中には銀色の栞が入っていた。
小さな鳥が羽を広げた可愛らしい細工だった。
「本がお好きでしょう? 読書のお供にしてくれたら嬉しいわ」
「素敵……」
セリアは嬉しそうに栞を手に取る。
「大切にします」
セリアがさっそく本に栞を挟むのを見届けてから、オーレリアはふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、お兄様、厳しくありませんか?」
オーレリアが少し悪戯っぽく尋ねる。
セリアはすぐに首を横に振った。
「全然!」
あまりにも即答だったので、オーレリアは思わず笑ってしまう。
「ゼイン様は優しい方です。必要なことしかおっしゃいませんけど、ちゃんと見ていてくださるんです」
「そう」
オーレリアは静かに微笑んだ。
(やっぱり……)
兄は昔から不器用だった。
優しさを言葉にするのは苦手だ。
けれど、それをきちんと受け取ってくれる人もいる。
(セリア様のような人なら……)
そんな考えが一瞬頭をよぎり、オーレリアは自分でも気が早いと小さく笑った。
けれど、今は兄のことを考えている場合ではない。自分の婚約について、答えを出さなくてはならなかった。
◇◇◇
その日の夜。
仕事を終えたゼインがイクスと共に帰ってきた。
オーレリアは、応接室で今日の出来事を話していた。
「セリア様は、前よりずっと元気そうでした」
「そうか」
ゼインは短く頷く。
イクスも嬉しそうに笑った。
「順調で良かったですよね」
しばらく沈黙が流れたあと、ゼインが静かに口を開く。
「フレディとのことを聞いてもいいか?」
「……はい」
オーレリアはゆっくり頷いた。
「お前はどう思っている」
その問いに、オーレリアはすぐには答えられなかった。
今日まで何度も考えてきた。
それでも答えはまだ出ない。
「このままで良いとは……思えません」
静かな声だった。
ゼインは妹を見つめる。
「焦って決めることはない。だが、後悔だけはするな。家の都合だけで選ぶ必要もない」
オーレリアはその言葉を胸に刻むように、小さく頷いた。
「はい、お兄様」




