↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱令嬢は”魔王様”に恋をする  作者: ぽかぽか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/52

16.

 その日の夜。

 セリアはゆっくりと目を開けた。

 部屋の中は薄暗く、窓から月明かりが差し込んでいた。


「起きたか」


 聞こえてきた低い声に、セリアはゆっくり顔を向けた。


「ゼイン様……?」


 椅子に腰掛けていたゼインが静かに立ち上がる。


「主治医から連絡を受けた。熱が出たと聞いてな」


 セリアは申し訳なさそうに微笑んだ。


「わざわざ来てくださったんですか?」

「ああ」


 ゼインは短く答える。


「体調はどうだ」

「昼よりは……楽になりました」


 まだ少し熱は残っている。

 それでも昼間のような息苦しさはなかった。

 ゼインはそっとセリアの額に手を当てる。


「熱はまだあるな」

「はい……」


 セリアは俯いた。


「ごめんなさい」


 小さな声だった。


「せっかく治療していただいたのに……」


 ぎゅっと布団を握りしめる。


「体が楽になったのが嬉しくて……」


 声が震える。


「無理するなと言われていたのに、守れませんでした」


 胸の奥に溜め込んでいた思いがあふれ出す。


「私が浮かれてしまったから……」


 ぽろり、と涙が頬を伝った。

 ゼインはしばらく黙っていた。

 そして静かに口を開く。


「事情は聞いている」


 その一言に、セリアはゆっくり顔を上げた。


「お前だけの責任ではない」


 優しくも厳しくもない。

 ただ事実を告げるような声だった。

 それでも、張り詰めていた糸が切れたように、涙が次々とあふれてくる。


「うっ……ごめんなさい……」

「泣くな」


 ゼインはセリアの手にそっと自分の手を重ねた。

 温かな魔力が静かに流れ込む。


「感情が乱れると魔力も乱れる」


 その言葉を聞いて、セリアは何度か深呼吸を繰り返した。

 少しずつ呼吸が整っていく。

 病室には静かな時間だけが流れる。

 どれくらい経っただろう。

 セリアの呼吸が完全に落ち着くまで、ゼインは黙ってその手を包んでいた。


「……もう大丈夫です」

「そうか」


 それでもゼインはすぐには手を離さなかった。

 その温もりに不思議と安心できた。

 セリアも何も言わず、そのまま身を任せる。

 やがてゼインはゆっくりと手を離した。


「今日は休め。明日の治療は予定どおり行う」

「はい」


 セリアは素直に頷く。


「今日は、本当にありがとうございました」


 ゼインは小さく頷き、病室の扉に向かった。

 扉を開ける直前、ふと立ち止まる。


「無理をしたくなる気持ちは分かる」


 静かな声だった。


「だが、焦る必要はない」


 そのまま振り返ることなく続ける。


「少しずつでいい」


 そう言い残し、ゼインは静かに病室を後にした。

 一人になった病室で、セリアは自分の手をそっと見つめる。

 そこにはもう誰の手もない。

 それなのに、まだ温もりだけは残っているような気がした。


「……ずるいです」


 小さく呟くと、自然と笑みがこぼれた。

 その夜のセリアは、久しぶりに穏やかな気持ちのまま眠りについた。


◇◇◇


 翌朝。

 ゼインは主治医とイクスとともに、療養院の院長室を訪れていた。

 院長はゼインを見るなり静かに頭を下げる。


「お待ちしておりました」


 ゼインは椅子に座ることなく口を開いた。


「昨日の件は報告を受けた」

「はい」


 院長も表情を引き締める。


「申し訳ございませんでした。昨日は主治医が退室を求めたことで帰られましたが、これまでも同様のことが繰り返されていました」


 ゼインは黙って話を聞いていた。


「このまま繰り返せば、次は命に関わる」


 静かな声だった。

 しかし、その一言だけで部屋の空気が張り詰める。


「治療責任者として、フレディ・バークの面会禁止を求める」

「承知いたしました。今後、面会は一切認めません」


 院長はゆっくり頷いた。


「全職員に徹底しろ。同じことは二度と起こさせない」

「かしこまりました」


 院長は深く頭を下げた。

 ゼインは隣に立つイクスに視線を向ける。


「イクス」

「はい」

「バーク侯爵家にも正式に連絡しろ。今回の件と、今後は面会を認めないことを伝える」

「承知しました」


 イクスは真剣な表情で頷いた。

 それだけ確認すると、ゼインは院長室を後にした。


◇◇◇


 その後。

 朝の診察で熱が下がっていることを確認し、二回目の治療が行われることになった。


 セリアは少し緊張した面持ちでベッドに横になる。

 ゼインは隣に立った。


「体調は」

「もう大丈夫です」


 セリアは小さく笑う。


「昨日は来てくださってありがとうございました」

「気にするな」


 短く答え、ゼインは手をかざした。


「始める」


 最初は魔力放出。

 体に溜まった魔力がゆっくりと抜けていく。


「……っ」


 何度経験しても楽な痛みではない。

 それでも前より呼吸は落ち着いていた。


「ここからだ」


 回路に魔力が流れ始める。


「っ……!」


 押し広げられるような鋭い痛みに、体に力が入った。

 額に汗が浮かび、苦しそうに息を吐いた。


「はぁ……っ」


 ゼインはセリアの表情を見つめながら、慎重に魔力を流していった。

 前回より、ほんのわずかだけ長く。

 しかし無理はしない。

 十分だと判断すると、すぐに魔力を止めた。


「終わりだ」


 セリアは大きく息を吐き、力が抜けるようにベッドに身を預けた。

 全身に疲労は残り、息も乱れている。

 それでも前回ほどの恐怖はなかった。

 ゼインは主治医に小さく頷く。


「予定どおり進んでいる」

「はい」


 主治医も安堵したように微笑んだ。

 ゼインは再びセリアに視線を向ける。


「前回より長く耐えられた」


 セリアは驚いたように目を瞬かせる。


「本当ですか?」

「ああ」


 短く頷く。


「順調だ」


 セリアはほっと息をつく。

 ゼインはしばらくセリアを見つめる。


「……よく頑張った」


 その言葉に、セリアは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


 疲れているはずなのに、その笑顔は昨日よりもずっと明るかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。