↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のパスティーシュ  作者: 島流しパプリカ
ハルシネイト Ⅰ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/48

花迎え 4

 翌日、徹が来た。


 西村徹は、果歩と同じ高校を去年卒業し、市内の造船所で働いていた。背は高いが肩幅が狭く、作業着がいつも誰かから借りたように見えた。


 紙袋に菓子折りを入れていた。


「まだ死んでないのに」


 理恵は言った。


「え」


「こういうのは、葬式か謝罪のときに持ってくるものでしょ」


「謝りに来ました」


「何を」


 徹は黙った。


 果歩が廊下から顔を出した。


「そこからなんだよ、この人」


「お前も一緒に考えろよ」


「考えてるよ」


「俺だって考えてる」


「顔に出てない」


「顔に出るような考え方してないんだよ」


「どういう考え方だよ」


 二人は普段どおりに喧嘩を始めた。


 理恵は菓子折りを開けた。浪越駅前の洋菓子店のマドレーヌだった。母の葬式でもらったものと同じだった。


「で」


 理恵は一つ食べながら言った。


「どうするの」


「俺、学校とか別に行く予定なかったし、仕事は続けます」


「訊いてない」


「結婚も、できます」


「できるかどうかじゃなくて、したいの」


 徹は果歩を見た。


 果歩は流し台の蛇口をいじっていた。


「したいです」


「果歩は」


「分かんない」


「昨日、産みたいって言っただろ」


「産みたいのと結婚したいのは別でしょ」


「別なのかよ」


「別だよ」


 徹は絶望したような顔をした。


 理恵は、少しだけ可笑しくなった。


 男は妊娠しない。その代わり、女の身体の中で起きたことを、自分の人生の予定表へ移そうとして混乱する。


「徹くん」


「はい」


「果歩に、産んでくれって言った?」


「まだ」


「言わないで」


「どうしてですか」


「産むのはこの子だから」


「でも、俺の子でも」


「あなたの子でもある。でも、あなたが産ませるものじゃない」


 果歩が蛇口を止めた。


「母さんは、どうして私を産んだの」


 理恵は答えに詰まった。


 産みたかったから。


 夫になる男を愛していたから。


 母に反対されたから。


 若くて、何とかなると思っていたから。


 腹の中で動いたから。


 どれも本当で、どれも嘘のようだった。


「忘れた」


 理恵は言った。


「そんな大事なこと忘れる?」


「産んだあとが長すぎたのよ」


 果歩は鼻で笑った。


「後悔してる?」


「毎日ちょっとずつ」


 徹が息を呑んだ。


「でも、いなかったほうがよかったと思ったことは、一回もない」


 理恵はマドレーヌの紙を丸めた。


「それは同じじゃないの」


 果歩はしばらく黙っていた。


「分かんない」


「私も分かんないまま、十八年やってる」


 果歩の目から涙が落ちた。


 本人も驚いたらしく、手の甲で乱暴に拭いた。


「ばあちゃんに言いたかった」


 それを聞いたとき、理恵は初めて娘の妊娠が悲しかった。


 母が死んだことではなく、母へもう何も言えないことが。


「怒るよ」


 理恵は言った。


「絶対?」


「怒る。春は女が馬鹿になるって言う」


「最低」


「それから、押入れから布団を出す」


 果歩は泣きながら笑った。


 徹は泣いてはいなかった。泣く場所を見つけられない顔で、二人を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。