花迎え 4
翌日、徹が来た。
西村徹は、果歩と同じ高校を去年卒業し、市内の造船所で働いていた。背は高いが肩幅が狭く、作業着がいつも誰かから借りたように見えた。
紙袋に菓子折りを入れていた。
「まだ死んでないのに」
理恵は言った。
「え」
「こういうのは、葬式か謝罪のときに持ってくるものでしょ」
「謝りに来ました」
「何を」
徹は黙った。
果歩が廊下から顔を出した。
「そこからなんだよ、この人」
「お前も一緒に考えろよ」
「考えてるよ」
「俺だって考えてる」
「顔に出てない」
「顔に出るような考え方してないんだよ」
「どういう考え方だよ」
二人は普段どおりに喧嘩を始めた。
理恵は菓子折りを開けた。浪越駅前の洋菓子店のマドレーヌだった。母の葬式でもらったものと同じだった。
「で」
理恵は一つ食べながら言った。
「どうするの」
「俺、学校とか別に行く予定なかったし、仕事は続けます」
「訊いてない」
「結婚も、できます」
「できるかどうかじゃなくて、したいの」
徹は果歩を見た。
果歩は流し台の蛇口をいじっていた。
「したいです」
「果歩は」
「分かんない」
「昨日、産みたいって言っただろ」
「産みたいのと結婚したいのは別でしょ」
「別なのかよ」
「別だよ」
徹は絶望したような顔をした。
理恵は、少しだけ可笑しくなった。
男は妊娠しない。その代わり、女の身体の中で起きたことを、自分の人生の予定表へ移そうとして混乱する。
「徹くん」
「はい」
「果歩に、産んでくれって言った?」
「まだ」
「言わないで」
「どうしてですか」
「産むのはこの子だから」
「でも、俺の子でも」
「あなたの子でもある。でも、あなたが産ませるものじゃない」
果歩が蛇口を止めた。
「母さんは、どうして私を産んだの」
理恵は答えに詰まった。
産みたかったから。
夫になる男を愛していたから。
母に反対されたから。
若くて、何とかなると思っていたから。
腹の中で動いたから。
どれも本当で、どれも嘘のようだった。
「忘れた」
理恵は言った。
「そんな大事なこと忘れる?」
「産んだあとが長すぎたのよ」
果歩は鼻で笑った。
「後悔してる?」
「毎日ちょっとずつ」
徹が息を呑んだ。
「でも、いなかったほうがよかったと思ったことは、一回もない」
理恵はマドレーヌの紙を丸めた。
「それは同じじゃないの」
果歩はしばらく黙っていた。
「分かんない」
「私も分かんないまま、十八年やってる」
果歩の目から涙が落ちた。
本人も驚いたらしく、手の甲で乱暴に拭いた。
「ばあちゃんに言いたかった」
それを聞いたとき、理恵は初めて娘の妊娠が悲しかった。
母が死んだことではなく、母へもう何も言えないことが。
「怒るよ」
理恵は言った。
「絶対?」
「怒る。春は女が馬鹿になるって言う」
「最低」
「それから、押入れから布団を出す」
果歩は泣きながら笑った。
徹は泣いてはいなかった。泣く場所を見つけられない顔で、二人を見ていた。




