花迎え 3
鴨田は夕食のあいだ、ほとんど魚を食べずに喋った。
「仏ヶ浦という地名は、少なくとも明治初期の地籍図には存在しません。保登、あるいは保戸と表記されている」
「字が変わったんじゃないですか」
「なぜ変わったのか、です」
「坊さんが仏にしたんでしょ」
十三湊が、カレイの骨を外しながら言った。
「地元の人間は、昔からそう呼んでいたのですか」
鴨田が理恵に訊いた。
「昔のことは知りません。私が生まれたときには仏ヶ浦でした」
「お母さまなら何かご存じだったかもしれませんね」
「先月死にました」
鴨田は箸を止めた。
「それは、失礼を」
「死んだだけです」
自分でも、少しきつい言い方だと思った。
十三湊が理恵を見た。慰めるような顔ではなかった。ただ、言葉の出てきた場所を確かめるように見た。
「花迎えは、今週でしたね」
「日曜です」
「八十八の灯籠を流す」
「観光用は百八十八です。スポンサーが増やしました」
十三湊が笑った。
鴨田は笑わなかった。
「伝承では、海難で亡くなった八十八人の漁師が、仏の姿で浜へ戻った。最後の一人が、妙海尼に赤子を渡した」
「よくご存じで」
「赤子が余るんですよ」
鴨田が言った。
「余る?」
「海難供養の説話としては、赤子が必要ない。しかも花迎えでは、死者を送る祭りなのに、妊婦へ貝の安産守りを配る。死と出産が、後から無理に縫い合わされている」
「昔話なんて、そんなものでしょう」
「そうかもしれません」
鴨田はようやくカレイに箸をつけた。
十三湊は、二階を見上げた。
「娘さん、食べないんですか」
「気分が悪いみたいで」
「春だから?」
「どういう意味ですか」
「私もよく具合が悪くなるので」
「春に」
「一年中です」
女は、またカレイを食べた。
食後、十三湊は銀色のケースから、小さな赤い球を三つ取り出した。
「手品、見ます?」
「客に芸をさせる宿じゃありません」
「こっちが勝手にやるんです」
女の指の間で、球が一つ消えた。
もう一つが消え、最後の一つも消えた。
空になった両手を見せる。
次の瞬間、理恵の湯呑みの中に、三つとも入っていた。
「どうやったんですか」
「見てなかったんですか」
「見てました」
「見てたから、見えなかったんです」
果歩が二階から下りてきた。
顔色は悪かったが、腹が減ったらしい。
十三湊は娘を見ると、少し目を細めた。
「何」
果歩が言った。
「似てるなと思って」
「誰に」
「まだ分かりません」
「変な人」
「よく言われます」
果歩は残った味噌汁を温めた。
十三湊はもう一度、娘の背後を見た。
理恵が振り返っても、そこには誰もいなかった。




