花迎え 1
母の四十九日まであと三日という朝、果歩が妊娠したと言った。
理恵は洗濯機の前にしゃがみ、絡まったシーツを両腕で引きずり出していた。三月の海辺の宿は暇だったが、人が一晩眠れば、使った部屋の数だけ布は汚れる。
「何週」
自分でも驚くほど事務的な声が出た。
「たぶん七週」
「相手は」
「徹」
「そう」
洗濯槽の底に、片方だけ靴下が貼りついていた。客の忘れ物なのか、家のものなのか分からない。理恵はそれを二本の指でつまみ、流し台に置いた。
娘は台所の入口に立っていた。高校の卒業式を一週間後に控え、まだ制服を着ている。紺色のスカートの下に二本の脚があり、その脚のつけ根には、理恵が産んだ娘の身体があった。
知っていたはずなのに、いま初めて見たような気がした。
「どうするの」
「それを話そうとしてる」
「私に決めろっていうの」
「そういう言い方やめてよ」
「じゃあ、どういう言い方ならいいの」
果歩は唇を噛んだ。昔から、泣きそうになると左の犬歯だけが見えた。それは死んだ母に似ていた。
理恵の口から、考えるより先に言葉が出た。
「春は女が馬鹿になるって、ばあちゃんが――」
「男もでしょ」
果歩が言った。
理恵は黙った。
「女だけ馬鹿になって妊娠できるわけじゃないし」
「そういう話をしてるんじゃない」
「どういう話してんの」
「分からないから、いま考えてる」
果歩は少しだけ笑った。
「だったら最初からそう言えばいいじゃん」
理恵は濡れたシーツを抱えたまま、娘を見上げた。
十七年前、理恵が果歩を身ごもったとき、母は味噌汁の鍋をかき回しながら、同じことを言った。
春は女が馬鹿になる。
そのとき理恵は二十四歳で、果歩の父親とは結婚するつもりだった。母はそれでも、春という季節と女の身体を、何か一つの罪のように扱った。
果歩の父親は、五年後に家を出た。女をつくったわけでも、借金をこしらえたわけでもなかった。ただ、宿の仕事と母との同居と、いつまでも泣きやまない子どもに疲れたと言った。
そんな理由で人は出ていくのかと、理恵は思った。
だが十年も経つと、そんな理由でしか人は出ていけないのかもしれないとも思うようになった。
「徹は知ってるの」
「昨日言った」
「何て」
「死にそうな顔してた」
「死なないわよ、そのくらいで」
「そういう意味じゃない」
果歩は制服のポケットから白い棒を取り出し、食卓に置いた。
二本の赤い線が出ていた。
理恵はそれを見た。見たところで、何も増えなかった。線は二本のままで、母は死んだままで、シーツはまだ濡れていた。
「学校、行きなさい」
「今日は休む」
「卒業できなくなるよ」
「もう出席足りてる」
それから果歩は、死んだ母が使っていた二階の六畳間へ上がっていった。
理恵は洗濯物を干した。
海から風が来て、白いシーツが一斉に膨らんだ。人のいない身体が、何十人も並んで息を吸ったように見えた。




