恋死島(5) 祭りのあと
高石は逮捕された。
といっても、島に警察が来るまで二日かかった。
そのあいだ、高石は逃げなかった。
ムツ婆の家の縁側に座り、ずっと海を見ていた。
「俺は島を守りたかった」
彼はそれだけ言った。
ムツ婆は答えた。
「守るふりして、石にしてただけだ」
恋死神社の大石は、二度と現れなかった。
ただ、神社の奥から古い木箱が見つかった。
中には、貝に刻まれた無数の名があった。
蝦夷の名。
大和の名。
女の名。
男の名。
どちらでもない名。
鴨田はそれを見て震えた。
「これは日本史を変える発見です」
「また追放されますね」
「今度は返り咲きます」
「先生、それ前も言ってませんでした?」
半年後、鴨田茂樹は学会で発表した。
題目は『北方女系集団における石片記憶媒体と、情念場仮説の再検討』。
会場は静まり返った。
質問は一つだけだった。
「それは民俗学ですか、SFですか」
鴨田は胸を張って答えた。
「どちらでもありません。現実です」
その発言により、彼は再びアカデミアから遠ざかった。
ただし、地方の私立大学から客員教授の話が来た。
講義名は「怪異と地域資源論」。
本人は不満そうだったが、シラバスは妙に楽しそうに書いていた。
かなえは、相変わらず1Kに住んでいた。
売れっ子にはなっていない。
ただ、スーパーの催事スペースでの評判は少し上がった。
鳩は出ない。
鯖缶は出る。
それでも客は笑うようになった。
ある日、かなえはまた老人に向かって言った。
「本日のマジックは、あなたの初恋を当てます」
老人は照れた。
かなえは目を閉じた。
何も見えなかった。
ただ、ポケットの中で、小さな石が鳴った。
かち。
彼女は微笑んだ。
「当てるの、やめます」
「なんでだい」
「初恋って、人に当てられるためにあるんじゃないので」
老人は、少し驚いて、それから笑った。
帰り道、かなえはコンビニで家賃の振込票を見つめた。
残高は足りなかった。
スマホが鳴った。
鴨田からだった。
「十三湊さん。次の案件です」
「嫌です」
「まだ内容を言っていません」
「先生の案件は、だいたい交通費込みで命が別料金なんですよ」
「今度は山です」
「海の次は山。日本昔ばなしの営業ですか」
「岐阜県の山中に、鬼がAIを使って村おこしをしているという情報が」
かなえは電話を切った。
三秒後、また鳴った。
彼女はため息をつき、窓の外を見た。
東京の夜は、海の底みたいに青くはなかった。
でも、どこかで石が鳴る音がした。
恋は死なない。
死なないから、ときどき化けて出る。
かなえはスマホを取った。
「前金、十五万」
電話の向こうで、鴨田が勝ち誇ったように言った。
「十万で」
「切ります」
「十二万」
「交通費別」
「……学問のためです」
「生活のためです」
かなえは笑った。
ポケットの小石が、また一度だけ鳴った。
かち。
小石島。
本当の名を、恋死島。
その島は、地図の上ではただの点に戻った。
けれど、誰かが誰かを忘れまいとするとき、いまもどこかで、石がひとつ置かれる。
それは呪いではない。
たぶん、恋のいちばん古い手品だった。




