二 大学へ戻る
K大学は、東京から新幹線と在来線を乗り継いだ先にあった。
山を削って造られた郊外型のキャンパスである。
正門から本部棟まで、欅並木が長く続いていた。十一月の葉は茶色く乾き、風が吹くたび、舗道の上を同じ方向へ走った。
鴨田は正門の前で立ち止まった。
「何年ぶり?」
かなえが訊いた。
「数えていません」
「数えられない?」
「数えていない」
「どっちでもいいけど、帰りたい顔してる」
「研究室の整理に来ただけです」
「私物なんて覚えてないんでしょ」
「だから確認するんです」
かなえの後ろから、真壁と三輪が来た。
二人とも小さな旅行鞄を引いている。
鴨田は眉を寄せた。
「どうして宿泊するつもりなんです」
「フィールドワークなので」
真壁が言った。
「許可していません」
「先生が推薦状を書かない理由を調査します」
「それは学術調査ではありません」
三輪がスマートフォンを掲げた。
「全部記録します」
「人の過去を勝手に記録するな」
「過去が勝手にこっちを記録してるので」
正門脇の守衛室から、制服姿の男が出てきた。
鴨田を見ると、慌てて頭を下げた。
「お疲れさまです、鴨田先生」
鴨田は歩みを止めた。
守衛は五十代ほどだった。
鴨田が在籍していた頃には、まだいなかったはずである。
「私をご存じですか」
「もちろんです」
守衛は笑った。
「人文学部の准教授でいらっしゃいますよね」
「違います」
守衛の笑顔が崩れた。
鴨田が職員証を見せると、男はさらに困惑した。
「こちらには、そう書いてありますが」
入構ゲートへ職員証をかざした。
緑色のランプが点灯した。
ゲートが開く。
かなえが言った。
「現役じゃん」
「機器の更新時に、古い情報が誤って移行されたのでしょう」
「写真は現在の先生でした」
真壁が言った。
「黙っていなさい」
構内を歩く学生たちは、鴨田を見ても反応しなかった。
それで鴨田は、少し安心したようだった。
しかし人文学部棟へ入ると、事情が変わった。
廊下ですれ違う教員が、次々に鴨田へ会釈した。
「ご無沙汰しています」
「会議、午後三時からです」
「論集の原稿、拝見しました」
誰も立ち止まらない。
鴨田が返事をする前に、通り過ぎていく。
「知り合い?」
かなえが訊いた。
「ほとんど知りません」
「向こうは知ってる」
「名前を見たのでしょう」
「どこに書いてあるの」
廊下の突き当たりに、教員配置表が掲示されていた。
研究室番号と教員名が並んでいる。
三階、三〇七号室。
鴨田茂樹 准教授
その隣に、
久世直哉 准教授
とあった。
「先生」
背後から声がした。
三十代後半の男が立っていた。
細身で、髪を短く整え、濃紺のジャケットを着ている。
「お帰りなさい」
男は言った。
鴨田は、しばらく相手の顔を見た。
「久世君」
「覚えていたんですね」
笑った口元に、喜びと敵意が同じくらいあった。
久世直哉。
二〇〇八年の録音に入っていた男子学生だった。




