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境界のパスティーシュ  作者: 島流しパプリカ
フィールドノート Ⅰ 内ヶ島伝説

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十二 報告書

東京へ戻ってから、鴨田は三週間かけて報告書を書いた。


題名は最後まで決まらなかった。


《帰雲記憶再生事業における生成AIと地域伝承形成過程の調査報告》


三輪が、


「長い」


と言った。


真壁は、


「論文みたいでいいと思います」


と言った。


「論文ではありません」


鴨田は答えた。


報告書には、すべてを書いた。


架空資料が投入された日時。


ワークショップで使われた質問。


村民の証言が変化した順序。


AIが回答を修正していった履歴。


自分たちの質問が、その後の回答へ影響した可能性。


岩瀬の死と、井波の工作。


内ヶ島伝説を実在の民話として認定できないこと。


そして、最初期ログにだけ残った、出所不明のファイル。


その部分には、断定を書かなかった。


K大学へ問い合わせたが、該当する資料は確認できなかった。


鴨田自身にも記憶がない。


現時点では、データ移行時の混入、ファイル名の誤生成、外部資料の誤った紐づけなどが考えられる。


書きながら、鴨田は何度も文章を消した。


「考えられる」と書いても、何も考えられなかった。


報告書の著者欄には三人の名を置いた。


鴨田茂樹。


真壁悠斗。


三輪すず。


謝辞には、村民と関係者への礼を書いた。


最後に、十三湊かなえの名を入れた。


〈調査全般にわたり、十三湊かなえ氏から有益な指摘を受けた〉


翌日、かなえへ送った。


返事はすぐに来た。


〈私の名字の読み方、間違ってる〉


鴨田は画面を見た。


本文を確認した。


漢字は合っている。


読み仮名だけが、一文字違っていた。


〈特殊な名字なのが悪い〉


と返信した。


〈謝らないんだ〉


〈修正しました〉


〈次の講義いつ〉


鴨田は曜日と時刻を送った。


〈終わった頃に行く〉


理由は書かれていなかった。


鴨田も訊かなかった。


報告書は大学の紀要ではなく、研究室のウェブサイトで公開した。


公開から一週間で、アクセス数は普段の百倍になった。


多くの人が《内ヶ島伝説》という語で検索していた。


報告書の題名には、その言葉を入れなかった。


それでも検索結果には表示された。


誰かが要約記事を書き、誰かが動画にし、誰かが「AIが発見した本物の鬼伝説」と題名をつけた。


否定したはずの物語は、否定した記録を材料にして広がった。


三輪からメッセージが届いた。


〈先生、これ止められないですね〉


鴨田はしばらく考えた。


〈記録するしかありません〉


そう返した。

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