十一 人間の話
井波彰人は逮捕された。
岩瀬隆の死に関しては、傷害致死と死体遺棄の疑いで捜査が進められた。
旧調査坑では、事業費を流用した無許可の掘削が行われていた。帰雲城の遺構、あるいは内ヶ島氏の埋蔵金が見つかれば、村おこし事業を決定的なものにできる。
井波はそう考えていた。
AIが作った鬼伝説は、掘削への関心を集めるために利用された。
架空資料も、編集された聞き取り映像も、人間が用意したものだった。
大牧由佳は、すべてを知っていたわけではなかった。
だが、疑っていた。
疑いながら、止めなかった。
帰雲祭は二日目から中止された。
資料館の《くもわらし》も停止された。
村の説明会には、報道関係者が詰めかけた。
鴨田は壇上に立った。
「内ヶ島伝説と呼ばれているものは、歴史的な民話として確認できません」
会場がざわついた。
大牧が一列目に座っていた。
鴨田は続けた。
「ただし、何もなかったという意味ではありません。生成AI、観光事業、村民の記憶、事業者の意図、それを聞いた訪問者の期待。複数の要素が、短期間で一つの物語を作った」
記者が手を挙げた。
「つまり、現代に生まれた新しい民話だと?」
鴨田は答える前に、一度止まった。
以前の彼なら、そこで適切な名前を提示しただろう。
生成伝承。
合成民話。
再帰的口承。
論文の題名になりそうな言葉が、いくつも浮かんだ。
「現段階では、そう名づけるべきではないと思います」
会場が静かになった。
「なぜですか」
「名づけることで、分かったことになるからです」
鴨田は机の上の資料を見た。
「私たち調査者も、この物語の形成に介入しました。質問し、選び、記録し、公表する。その過程を除いて、伝承だけを取り出すことはできません。起きたことを、起きた順に記録します。それ以上の意味は、今は与えません」
説明会の後、真壁が言った。
「もったいなくないですか」
「何がです」
「先生なら、新しい概念として出せる。学会でも注目されます」
鴨田は真壁を見た。
「君は出したいですか」
真壁は考えた。
「出したいです」
「正直でよろしい」
「先生は違うんですか」
鴨田は返事をしなかった。
三輪がノートパソコンを抱えて近づいた。
「報告書、著者名どうします?」
「私と、君たち二人です」
真壁が驚いた。
「僕たちも?」
「実際に調査したでしょう」
三輪が言った。
「十三湊さんは?」
「研究者ではありません」
背後からかなえの声がした。
「謝辞にもいらないよ」
鴨田が振り返った。
「まだ何も言っていません」
「どうせ妙に形式ばった文を書くから」
「書きません」
「書く顔してる」
三輪が真壁を見た。
真壁は、やめておけという顔をした。
三輪は言った。
「先生たち、付き合ってるんですか」
鴨田とかなえは、同時に答えた。
「違います」
一秒遅れて、真壁が吹き出した。
三輪は真顔で頷いた。
「そうですか。失礼しました」
鴨田は、彼女が自分の口調を真似たのだと気づいた。
かなえは事情を知らなかったが、鴨田の顔を見て笑った。
「因果応報?」
「学生が教員をからかうのは、教育上いかがなものかと思います」
「先生が先に言ったんです」
真壁が言った。
「君は黙っていなさい」
四人で資料館を出た。
山には薄く雪が降り始めていた。
帰雲山の傷も、少しずつ白くなっていた。




