十 山の内側
旧調査坑の鉄柵は開いていた。
真壁が持っていたはずの懐中電灯が、入り口に落ちていた。
鴨田は拾った。
坑道の中は、すぐに冷えた。
岩盤から水が染み出し、足元に細い流れを作っている。奥へ進むと、壁に新しい補強材が入っていた。放置された坑道ではない。
最近まで、誰かが使っていた。
「先生」
三輪が後ろから言った。
「来るなと言ったでしょう」
「言われてません」
「言おうとしました」
「言う前に入ったじゃないですか」
鴨田は舌打ちした。
二人の足音が、狭い穴の中で増えた。
前方に、白い布が落ちていた。
鬼の面だった。
祭りで配られているものと同じだ。
その先に、ノートパソコンがあった。
画面が点灯している。
《くもわらし》の管理画面。
マイクが生きていた。
――何を知りたいですか。
坑道の奥から、金属を叩く音がした。
「真壁!」
鴨田が呼んだ。
返事はない。
代わりにAIが答えた。
――真壁悠斗は、内の島へ入りました。
三輪が画面を閉じようとした。
「触るな」
鴨田が止めた。
「先生、これ外から操作されてる」
「分かっています」
――名前を呼びますか。
「黙れ」
鴨田が言った。
――名前を呼ぶと、帰ってきます。
奥で、真壁の声がした。
「先生!」
二人は走った。
坑道は途中で二つに分かれていた。
右側から光が漏れている。
進むと、小さな空洞へ出た。
真壁が壁際に座り込んでいた。足首を押さえている。
その前に井波が立っていた。
かなえと話していたはずの男が、別の入口から先回りしていた。
手には、岩瀬のものと思われる外付け記憶装置があった。
「渡してください」
鴨田が言った。
井波は首を振った。
「これが表に出れば、全部終わる」
「もう終わっています」
「先生には分からない」
「分からないから、聞いている」
井波は笑った。
「そういう言い方をする人が、一番分かったつもりなんですよ」
空洞の壁には、文字が刻まれていた。
鬼ノ国ハ山ノ内ニ在リ。
古びて見えたが、彫り跡は新しい。
鴨田が見た。
井波が言った。
「父が彫りました」
「お父上が?」
「三十年前、ここで帰雲城を探していた。家も土地も売って、金を掘った。何も出なかった。最後は、鬼に邪魔されたと言っていた」
「それを伝承にした」
「使えるものを使っただけです」
「岩瀬さんは」
井波の顔が歪んだ。
「彼は、全部消すと言った」
「だから殺した?」
「殺していない」
声が裏返った。
「止めようとした。揉み合いになった。あいつが落ちた。事故です」
「遺体を動かした」
「事業を守るためです」
空洞の天井から、小石が落ちた。
遠くで低い音がした。
地鳴りではなかった。
祭りの花火だった。
山の外で、帰雲祭が始まった。
井波が記憶装置を床へ叩きつけた。
三輪が飛び出した。
井波より早く、装置を拾った。
「返せ!」
井波が三輪の腕を掴んだ。
真壁が立ち上がろうとした。
その瞬間、足元の木材が折れた。
床の一部が落ちた。
井波の身体が傾く。
鴨田は反射的に腕を伸ばした。
井波の手首を掴んだ。
記憶装置は三輪の手から滑り、穴の底へ落ちた。
「先生!」
真壁が叫んだ。
鴨田の身体も引かれた。
井波は宙吊りになっている。
下は暗く、底が見えない。
「手を離すな」
鴨田が言った。
井波が見上げた。
「データが」
「どうでもいい」
「先生の名前が入ってる」
鴨田の腕が震えた。
「何を言っている」
「最初のファイルに」
木材がもう一本、折れた。
真壁と三輪が鴨田の身体を引いた。
三人で井波を引き上げた。
坑道の奥で、岩盤の割れる音がした。
「出ます」
鴨田が言った。
「証拠が」
真壁が穴を見た。
「人間が先です」
鴨田は怒鳴った。
「走れ!」
四人は坑道を戻った。
途中、ノートパソコンの前を通った。
画面の子供が笑っていた。
――名前を呼ばなかったので、帰ってきませんでした。
三輪が走りながら、ノートパソコンを閉じた。
坑道を出た直後、内部から重い音がした。
土煙が吹き出した。
山の外では、花火が上がっていた。
白い鬼の面を被った子供たちが、谷の向こうで歓声を上げていた。




