九 帰雲祭
翌日は、村の新しい祭りの初日だった。
《帰雲祭》
古くからの行事ではない。
地域振興事業の一環として、その年から始まった。観光客には鬼の面が配られ、夜には山へ向けて灯籠を並べる。埋没した城下の住民を迎える、という説明が付けられていた。
村の子供たちは白い鬼の面を被って走り回っていた。
土産物屋には、《内ヶ島の鬼》と印刷された菓子が並んでいる。
伝承は、すでに商品になっていた。
「中止にすべきです」
鴨田は大牧へ言った。
資料館の事務室だった。
井波もいる。
「根拠となる伝承は確認できない。聞き取りはAIによって汚染されている。架空の文献を実在するように表示している。少なくとも、文化事業として公表できる状態ではありません」
大牧は親指を握った。
「今日、中止にしたら、村は全国に笑われます」
「続ければ、もっと笑われます」
「先生には、そう見えるでしょうね」
「どういう意味です」
「村の外から来て、嘘か本当かだけ決めればいい人には」
鴨田の顔が硬くなった。
大牧は続けた。
「この村は、世界遺産だけで食べていけると思われています。でも、観光客が来る地区は限られている。若い人は出ていく。学校は減る。山は荒れる。帰雲城は、場所すら分からない。何百人も死んだのに、見せられるものが何もない」
「だから、鬼を作った?」
「物語を作ったんです」
井波が言った。
鴨田は彼を見た。
「認めるんですね」
「昔話なんて、誰かが最初に作ったものでしょう」
「匿名の長い伝承過程と、観光事業者による意図的な偽造を同一視しないでください」
「結果として村に残れば、違いはありますか」
「あります」
「学者にとっては」
井波は笑った。
「観光客は、真実を見に来るんじゃない。何かを感じに来るんです」
「岩瀬さんも、そう考えていましたか」
井波の笑みが止まった。
「彼は技術者です」
「あなたの会社の」
「事故の話と事業を結びつけるのは、やめていただきたい」
事務室の扉が開いた。
三輪が立っていた。
息を切らしている。
「真壁がいません」
鴨田が振り返った。
「どういう意味です」
「岩瀬さんのクラウドに、地図がありました。旧調査坑の中の」
「一人で行ったんですか」
三輪は答えなかった。
その顔で分かった。
鴨田は鞄を掴んだ。
井波が立ち上がった。
「待ってください」
かなえが彼の前に出た。
「なんで?」
「危険です」
「何があるの」
「古い坑道です。崩れる可能性がある」
「それだけ?」
井波は黙った。
かなえが言った。
「先生、学生を連れ戻して」
「あなたは」
「この人と話す」
鴨田は一瞬迷った。
かなえは井波を見たまま言った。
「今度は、何を消しに行くつもりだったのか聞いとく」




