八 女同士
夜、宿の自動販売機の前で、かなえは三輪に呼び止められた。
三輪は温かいミルクティーを買った。
かなえは缶ビールのボタンを押したが、売り切れだった。
「最悪」
「隣にコンビニないですよ」
「知ってる」
「日本酒なら宿にあります」
「先生が飲み始めると長いから嫌」
三輪は缶を両手で持った。
「十三湊さんって、鴨田先生と付き合ってるんですか」
かなえはボタンから指を離した。
「死んでもない」
「死なないと付き合わないんですか」
かなえは三輪を見た。
三輪は笑っていなかった。
「先生に似てきたね」
「嫌です」
「そこは即答なんだ」
自動販売機の灯りが、廊下の床だけを白くしていた。
「先生、十三湊さんがいるときだけ、分からないって言いますね」
三輪が言った。
「そう?」
「私たちの前では、分からなくても説明します。たぶん説明しながら、分かったことにしてる」
「学者だから」
「今日、十三湊さんに怖いかって訊かれたときは、分からないって言った」
かなえは売り切れの表示を見た。
「それ、女子トーク?」
「たぶん」
「もっと恋愛とか化粧品の話しない?」
「十三湊さん、先生のこと信用してないですよね」
「してない」
「でも、先生が他人に嘘をついたときと、自分に嘘ついたとき、区別できますよね」
かなえは返事をしなかった。
三輪がミルクティーを一口飲んだ。
「私、AIも信用してないです」
「同じ扱い?」
「似てます。自信ありそうに言うから」
「先生の悪口なら、もっと言っていいよ」
「でも、間違ったときにログが残るぶん、AIのほうがましです」
かなえは笑った。
三輪のスマートフォンが震えた。
画面を見た彼女の顔から、笑みが消えた。
「どうしたの」
「最初のログ、見つけました」
《くもわらし》がまだ公開されていない時期。
村の資料も、聞き取り映像も、架空文献も投入される前。
接続試験のために、一般的な観光案内だけを登録していた日。
その日の最初の質問は、
〈帰雲城について教えて〉
回答は、ごく普通だった。
天正地震。内ヶ島氏。山体崩壊。城の所在不明。
二度目の質問。
〈ほかには?〉
回答。
〈帰雲城には、山中の鬼を封じる役割があったという伝承があります〉
三輪が画面をスクロールした。
「この時点では、誰も鬼なんて入力してない」
「AIが作ったんでしょ」
「たぶん」
「たぶん?」
「参照元が一件ある」
ファイル名は文字化けしていた。
ただ、保存元の階層だけが読めた。
K大学民俗学研究室旧蔵資料。
かなえは、廊下の先を見た。
鴨田の部屋の襖から、灯りが漏れている。
「今、先生に言う?」
三輪が訊いた。
かなえは少し考えた。
「朝にしよう」
「どうして」
「今言うと、寝ないから」
「心配してるんですね」
「明日の運転を心配してる」
「運転するの、十三湊さんですよね」
かなえは自動販売機を蹴った。
売り切れの赤い表示は消えなかった。




