六 話を覚える村
野谷ハツの家は、合掌造りの観光地区から離れた集落にあった。
息子夫婦が同居していた。
岩瀬の死後、ハツは取材を拒んでいたが、鴨田の名を伝えると会ってもよいと言った。
「先生、また来たんか」
座敷へ入った鴨田を見て、ハツはそう言った。
「初めてです」
「そうやったか」
ハツは笑った。
歯が何本か欠けていた。
「前の人も、そう言うた」
鴨田は録音機を置いた。
三輪がそれとは別に、机の端へスマートフォンを置いた。
「内ヶ島氏に、鬼の伝承はありましたか」
「ない」
「帰雲城の地下に、別の村があったという話は」
「ない」
「帰る雲の下では、名前を呼ぶな、という言葉は」
ハツの指が止まった。
湯呑みに触れたまま、動かなくなった。
「それは、どこで聞いた」
「村のAIです」
「えーあい」
「機械です。昔話を答える」
「機械が昔を知っとるんか」
「資料を読ませています」
ハツは鼻で笑った。
「人が忘れたもんを、機械が覚えるんか」
「そういう試みです」
「人が忘れたから残っとるもんもある」
鴨田は身を乗り出した。
「どういう意味です」
「意味をつけるな」
ハツは言った。
その声だけが、急に鋭かった。
「先生は、すぐ意味をつける」
かなえが、鴨田を見た。
鴨田は質問を続けた。
「あなたは私を知っているんですか」
「知らん」
「先ほど、また来たと言いました」
「みんな同じ顔しとる」
「誰と同じです」
「名前を欲しがる顔や」
ハツは窓の外を見た。
山が見えた。
「城は埋まった。人も埋まった。金も埋まった。そんで済んだ話や。掘るたびに、誰かが余計な話をつける。祟りや、仏像や、黄金や。今度は鬼か」
「鬼の話は、やはりなかった」
「ない」
ハツは答えた。
「ないから、みんな知っとる」
真壁が顔を上げた。
「それは矛盾してませんか」
「若い人は、矛盾したらどっちか捨てるんか」
ハツは真壁を見た。
「楽でええな」
帰り際、鴨田は玄関で呼び止められた。
ハツは杖をつき、座敷から出てきていた。
「先生」
「何でしょう」
「今度は、書かんほうがええ」
「何をです」
「名前や」
「誰の」
ハツは、しばらく鴨田の顔を見た。
「ほら」
小さく笑った。
「もう忘れとる」




