五 最初に死んだ人
岩瀬隆が死んだ旧調査坑は、一般道から外れた林の奥にあった。
昭和の終わり頃、帰雲城の埋蔵金を探す民間団体が掘った穴だという。資金が尽きて放置され、入り口は鉄柵で塞がれていた。
岩瀬の遺体は、その柵の内側で発見された。
警察は転落事故と見ていた。
斜面から滑り、頭を打った。死後に雨が降り、衣服には泥が付着していた。
だが、岩瀬がなぜ夜中に一人でそこへ入ったのかは分からない。
彼は《ヨミガエリ》の技術責任者だった。
「プロジェクトの初期から関わっていた?」
かなえが大牧に訊いた。
「はい」
「AIへ資料を入れたのも?」
「主に岩瀬さんです。ただ、資料の収集は井波さんと、村の郷土史会にも協力してもらって」
「死ぬ前、何か言ってなかった?」
大牧は親指を握った。
「最初の資料を入れたのは誰か、と」
鴨田が顔を上げた。
「どういう意味です」
「分かりません」
「あなたは返事をしなかった」
「私には分からなかったからです」
「井波さんは」
大牧は黙った。
林の中で風が鳴った。
落ち葉が、鉄柵の前へ集まっていた。柵には黄色い規制テープが残っている。
三輪がスマートフォンを見ながら言った。
「岩瀬さんのアカウント、公開設定のままですね」
「勝手に見るな」
鴨田が言った。
「公開されてるものです」
「遺族がいるでしょう」
「でも、最後の投稿」
三輪は画面を鴨田へ見せた。
岩瀬の個人用アカウントには、死の三時間前に一枚の画像が投稿されていた。
《くもわらし》との対話画面だった。
質問。
〈内ヶ島伝説を最初に記録した人物は誰ですか〉
回答。
〈K大学准教授・鴨田茂樹です〉
その下に、岩瀬自身のコメントがある。
〈この回答を生成する根拠が、どこにもない〉
真壁が鉄柵の向こうを覗いた。
「先生、本当に来たことないんですか」
「ありません」
「K大学の資料が、何かの経路で入った可能性は?」
「私の研究業績に、帰雲城に関するものはない」
「未発表資料は」
鴨田は答えなかった。
かなえが言った。
「先生は、何か隠してる?」
「隠していません」
「じゃあ、忘れてる?」
「そういう誘導はやめてください」
鴨田の声が強くなった。
真壁が目を伏せた。
かなえだけが、鴨田を見続けていた。
「先生」
「何です」
「怖い?」
鴨田はしばらく黙った。
「分からないものを、分からないと言っているだけです」
三輪が顔を上げた。
その言い方を、彼女は覚えていた。
講義中の鴨田は、分からないとは言わない。
分からないものには、たいてい名前を与えた。




