三 帰る雲
白川郷へ向かう高速道路は、山と山の隙間を縫っていた。
十一月の初めだった。高いところにはもう雪があり、低いところには紅葉が残っている。季節が、標高に沿って何段にも分かれていた。
鴨田は助手席で資料を読んでいた。
かなえが運転している。
後部座席には真壁と三輪がいた。大学の正式な実習ではない。鴨田は二人を「調査補助」と呼び、大学には「自主的な学修活動」と届け出ていた。
「天正十三年十一月二十九日」
真壁が資料を読み上げた。
「大地震によって帰雲山が崩壊。内ヶ島氏の居城、帰雲城と城下が埋没。城主一族、家臣、住民の多くが死亡。城の正確な所在地は、現在も確定していない」
「知っています」
鴨田が言った。
「先生に説明してるんじゃありません」
「声に出す必要がありますか」
「三輪が寝てるので」
「寝てません」
三輪は目を閉じたまま言った。
「録音してます」
「何を」
「全員の会話」
「許可していません」
「先生、現地調査では記録が大事だって言いましたよね」
鴨田は振り返った。
三輪は目を開けた。
「都合の悪いときだけ、記録を嫌うんですね」
かなえが笑った。
鴨田は資料へ戻った。
帰雲城は、場所の分からない城だった。
山体崩壊によって地形そのものが変わった。現在「帰雲城址」と呼ばれている場所も、発掘によって城跡と確定したわけではない。夢枕に立った武将のお告げをきっかけに、供養の場所として整えられたものだ。
城が先に見つかり、碑が建ったのではない。
碑が建ち、そこを城跡と呼ぶようになった。
「すでに一度、夢によって城が復元されている」
鴨田が独り言のように言った。
「今回はAIで復元する」
真壁が答えた。
「夢よりはましでしょうか」
「誰の夢か分からないぶん、悪質かもしれません」
三輪が言った。
かなえがハンドルを切った。
谷の向こうに、山肌の大きな傷が見えた。
木が生えていても、そこだけ山の形が不自然だった。緑に覆われた崩壊は、治った傷ではなく、傷口の上に時間が積もったものに見えた。
「帰る雲って、きれいな名前だね」
かなえが言った。
「帰雲の語源には諸説あります」
鴨田が答えた。
「そういうことじゃない」
「名前の話をしたのはあなたでしょう」
「先生は、名前を説明しないと死ぬ病気なの?」
「説明しなければ、何を話しているか分からない」
「分からないまま見たほうがいいものもあるよ」
鴨田は返事をしなかった。
窓の外で、山の影が長くなっていた。




