∞ 11
放送が終わったあと、かなえは浜辺で小さな手品をした。
観客は、凪と、祭りの片づけをしていた数人だけだった。
かなえは八つの赤い球を、両手に四つずつ持った。
「よく見ていて」
凪がうなずいた。
「見てたら見えないんでしょ」
「覚えてたの」
「おばあちゃんが言ってた」
「どのおばあちゃん?」
「分かんない」
かなえは一つずつ、球を消した。
一つ。
二つ。
三つ。
手の中から赤がなくなる。
四つ。
五つ。
六つ。
最後の二つを重ねた。
七つ。
そして八つ。
両手を開く。
何もなかった。
「どこに行ったの」
凪が訊いた。
「次に出てくるところ」
「いつ?」
「出てきたとき」
「それじゃ分かんない」
「分からないから待てるんです」
かなえはケースを閉じた。
理恵は凪の横顔を見た。
孫は、八重子には似ていなかった。
目も、鼻も、指の形も違う。
ただ笑うときだけ、左の犬歯が少し見えた。
「凪」
理恵は名前を呼んだ。
凪が振り返った。
「何?」
「何でもない」
「呼んだじゃん」
「返事するかと思って」
「するよ。私の名前だもん」
凪は面倒そうに言った。
理恵は笑った。
それでよかった。
*
翌朝、蓮は黒瀬マリンサービスのシャッターを開けた。
店の中には、油と鉄と埃の匂いが残っていた。
作業台のラジオをつけた。
周波数はFM浪越のままだった。
雑音しか出なかった。
蓮はしばらく聞いていた。
やがて電源を切り、机の引き出しから英語の参考書を取り出した。
慎二が書いた間違った答えは、まだ消していなかった。
蓮は赤ペンを持ち、一問ずつ直した。
全部終わるまでに、昼近くかかった。
参考書を閉じ、シャッターの鍵を澄江の家へ返しに行く。
店を出る前に、蓮はもう一度、室内を見た。
「また明日」
言ってみた。
返事はなかった。
蓮はシャッターを下ろした。
外には、八月の強い光があった。
海から来た風の中に、ごくわずかに、秋の匂いが混じっていた。




