∞ 10
午後七時五十八分。
FM浪越、最後の二分。
砂浜には多くの人が集まっていた。
車のラジオで聞いている者もいた。
商店街の古いスピーカーからも、真紀の声が流れていた。
放送席には、真紀と蓮が座った。
「最後に、何かありますか」
真紀が訊いた。
「台本では、真紀さんが話すことになっています」
「書いた人がつまらないから」
「またですか」
「最後だから」
真紀は蓮へマイクを向けた。
蓮は赤いランプを見た。
八年前、このランプの向こうで真紀が慎二の死を伝えた。
そのあと、自分は何度も同じ放送席へ座った。
誰かの死亡情報を読み、子どもの誕生日を祝い、スーパーの特売を告知した。
死んだ人間のあとに天気予報を読み、結婚した人間のあとに道路工事を知らせた。
生活は、順番を選ばなかった。
「私は、八年前にこの海で死にかけました」
蓮は言った。
砂浜が静かになった。
「黒瀬慎二さんという人に助けられ、その人は死にました」
真紀は前を見ていた。
「私はずっと、その人の代わりに生きなければならないと思っていました。本人には頼まれていません。たぶん、頼まれていたとしても迷惑だったと思います」
遠くで、誰かが笑った。
「人の代わりに生きることはできません。死んだ人の人生は、その人が死んだところで終わります。続きを生きることも、完成させることもできません」
蓮は息を吸った。
「来月、浪越を出ます」
真紀がマイクを入れた。
「最終回で退職報告を重ねるな」
「もう退職する局がありません」
「それもそうだね」
砂浜から笑い声が上がった。
残り一分。
真紀はマイクを自分の前へ戻した。
「三十二年間、FM浪越を聞いてくださった皆さん、ありがとうございました」
声は震えなかった。
「浪越は、明日もたぶん晴れます。海へ行く人は、古い防波堤と、潮の満ちる洞穴へ近づかないでください」
残り三十秒。
「人に死ねと言った人は、相手が生きているうちに言い直してください」
残り二十秒。
「言い直せなかった人は、次に会う人へ、少しだけましな言葉を使ってください」
残り十秒。
真紀は蓮を見た。
「それでは皆さん」
五。
「また明日」
三。
二。
一。
蓮がフェーダーを下げた。
赤いランプが消えた。
スピーカーから、何も流れなくなった。
海の音だけが残った。
「明日、放送ないですよ」
蓮が言った。
「知ってる」
「嘘をつきましたね」
「ラジオは、ずっとそういうものだよ」
真紀はヘッドホンを机へ置いた。




