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境界のパスティーシュ  作者: 島流しパプリカ
ハルシネイト Ⅲ

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31/48

∞ 10

 午後七時五十八分。


 FM浪越、最後の二分。


 砂浜には多くの人が集まっていた。


 車のラジオで聞いている者もいた。


 商店街の古いスピーカーからも、真紀の声が流れていた。


 放送席には、真紀と蓮が座った。


「最後に、何かありますか」


 真紀が訊いた。


「台本では、真紀さんが話すことになっています」


「書いた人がつまらないから」


「またですか」


「最後だから」


 真紀は蓮へマイクを向けた。


 蓮は赤いランプを見た。


 八年前、このランプの向こうで真紀が慎二の死を伝えた。


 そのあと、自分は何度も同じ放送席へ座った。


 誰かの死亡情報を読み、子どもの誕生日を祝い、スーパーの特売を告知した。


 死んだ人間のあとに天気予報を読み、結婚した人間のあとに道路工事を知らせた。


 生活は、順番を選ばなかった。


「私は、八年前にこの海で死にかけました」


 蓮は言った。


 砂浜が静かになった。


「黒瀬慎二さんという人に助けられ、その人は死にました」


 真紀は前を見ていた。


「私はずっと、その人の代わりに生きなければならないと思っていました。本人には頼まれていません。たぶん、頼まれていたとしても迷惑だったと思います」


 遠くで、誰かが笑った。


「人の代わりに生きることはできません。死んだ人の人生は、その人が死んだところで終わります。続きを生きることも、完成させることもできません」


 蓮は息を吸った。


「来月、浪越を出ます」


 真紀がマイクを入れた。


「最終回で退職報告を重ねるな」


「もう退職する局がありません」


「それもそうだね」


 砂浜から笑い声が上がった。


 残り一分。


 真紀はマイクを自分の前へ戻した。


「三十二年間、FM浪越を聞いてくださった皆さん、ありがとうございました」


 声は震えなかった。


「浪越は、明日もたぶん晴れます。海へ行く人は、古い防波堤と、潮の満ちる洞穴へ近づかないでください」


 残り三十秒。


「人に死ねと言った人は、相手が生きているうちに言い直してください」


 残り二十秒。


「言い直せなかった人は、次に会う人へ、少しだけましな言葉を使ってください」


 残り十秒。


 真紀は蓮を見た。


「それでは皆さん」


 五。


「また明日」


 三。


 二。


 一。


 蓮がフェーダーを下げた。


 赤いランプが消えた。


 スピーカーから、何も流れなくなった。


 海の音だけが残った。


「明日、放送ないですよ」


 蓮が言った。


「知ってる」


「嘘をつきましたね」


「ラジオは、ずっとそういうものだよ」


 真紀はヘッドホンを机へ置いた。

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