恋死島(3) 恋死神社
恋死神社は、日本海が一望できる岬の上に鎮座していた。
鳥居は低く、くぐるとき鴨田は額をぶつけた。
「古代人は小柄だったのだ」
「先生が無駄にでかいだけです」
拝殿の奥には、黒い石が祀られていた。
人の頭ほどの大きさで、丸く、濡れてもいないのに濡れて見えた。
鴨田がライトを当てる。
表面に、細かな線があった。
文字のようであり、貝殻の模様のようでもあり、星図のようでもあった。
「これは……」
鴨田は息をのんだ。
「続縄文期の文様に似ている。しかし、配置は中世の航海図にも見える。いや、待て。これは北斗七星ではない。十三の星だ」
「星、十三個もありましたっけ」
「ない。だから異端なのです」
かなえは石を見た。
胸の奥で、誰かが名を呼んだ。
かなえ。
いや。
かなへ。
いや。
かなへし者。
突然、頭の中に映像が流れ込んだ。
雪。
葦原。
燃える村。
海へ逃げる女たち。
髪に貝を編み込んだ少女が、赤子を抱いている。
追ってくる甲冑の男たち。
そのなかに、一人だけ剣を下ろした若い兵がいる。
少女は兵を愛した。
兵も少女を愛した。
だから、二人は殺された。
どちらの側からも。
その死を、女たちは島に埋めた。
恋は、死んだ。
死んだ恋は、石になった。
かなえは、はっと息を吸った。
鴨田が、鼻先まで顔を寄せていた。
「どうしました?」
「近い。顔が濃い。圧が強い」
「あなたはやはり十三湊の女系だ」
「私は青森の寒村出身の母を持つ、売れないマジシャンです。設定を盛らないでください」
そのとき、拝殿の外で、石が鳴った。
かち。
かち。
かち。
三つ。
白い影が走った。
かなえは追った。
神社の裏には、潮へ下りる石段があった。
波が砕けていた。
白い布をかぶった何者かが、岩場の裂け目に消えた。
かなえは足を止めた。
岩の割れ目から、潮の匂いではない匂いがした。
油の匂い。
「先生」
「なんです」
「この神様、灯油使ってます」
翌朝、鴨田は島の古老たちを集めた。
公民館には、島民が二十人ほどいた。
中央に、島の区長である高石玄馬が座っていた。太い眉、太い腕、太い声。人間の形をした防波堤のような男だった。
「恋死様を見世物にするな」
高石は言った。
「私たちは真実を知りたいだけです」
鴨田が答える。
「真実で飯は食えん」
「食えませんね」
かなえが深くうなずいた。
「そこは本当に食えません」
鴨田は、咳払いした。
「鹿内蓮さんの死体が見つかった潮溜まりを調べました。満潮時には水没する。しかし彼の靴紐は乾いていた。財布の中のレシートも濡れていない。つまり彼は海で溺れたのではない」
島民がざわめいた。
「さらに、神社裏の岩場に隠し通路がある。旧日本軍の監視壕です。そこには灯油ランプ、滑車、白布、そして足音を三つに聞かせる竹の装置がありました」
「竹の装置?」
かなえが補足した。
「二人で歩くと、三人いるみたいに聞こえる。お祭りの化け物演出ですね。まあまあ良くできてました。星三つです」
高石の眉が動いた。
「手品師ふぜいが」
「手品師だからわかるんです」
かなえは、ポケットから黒い石を取り出した。
「鹿内さんの部屋から出てきた石。十三個あったって話でした。でも本当は十二個だった」
まよりが顔を上げた。
「え?」
「十三個目はあとから置かれた。死んだあとに。恋死様のしわざに見せるため」
公民館の隅で、むつ婆が目を閉じた。
高石が立ち上がった。
「外の者に何がわかる」
「わかりませんよ」
かなえは言った。
「でも、わからないことを神様のせいにして、人を殺していい理由にはならない」
高石の目が、まよりへ向いた。
「島を出てどうする。外へ出た女は、みんな戻ってこん。島は終わる。まより、お前もあの男と出ていくつもりだったんだろう」
まよりは唇を噛んだ。
「蓮は、島を売れなんて言ってない。島のことを書きたいって言ってただけだ」
「書かれたら終わりだ」
高石は叫んだ。
「恋死様は観光資源じゃない。だが外の連中は必ず食い物にする。歴史だ、伝承だ、パワースポットだ。しまいには恋死まんじゅうだ!」
「それはちょっと売れそう」
かなえが言うと、鴨田が小声で「商品化権を押さえれば」と言った。
「黙って」
高石は、床を踏んだ。
公民館の引き戸が、外から閉じられた。
島民たちが一斉に立ち上がる。
鴨田が、かなえの前に出た。
「暴力はいけません。私は元准教授です」
「肩書きが盾になった時代、一回もないですよ」
その夜、恋死祭が始まった。




