恋死島(2) 十三湊
小石島行きの船は、一日に一本しかなかった。
港の名前は、古い地図では十三湊と書かれていた。
いまは観光パンフレットに、ひらがなで「とさみなと」と印刷されている。中世には安東氏の交易港として栄えたが、津波と戦乱で消えた港。そう説明する看板の前で、鴨田は腕を組んだ。
「歴史は、勝者によって書かれる」
「パンフレットは、観光協会によって書かれる」
かなえは、船酔い止めを噛み砕いた。
船長は、二人を見るなり言った。
「小石島さ行くのか」
「はい」
「恋死島とは言うなよ」
「言った」
かなえが鴨田を見た。
船長は、舌打ちした。
「都会の学者は、すぐ古い名を掘る。掘れば骨が出る。骨が出れば、泣くやつがいる」
船は、鉛色の海を進んだ。
水平線の向こうに、小さな島影が現れた。
岩だらけの島だった。
砂浜はなく、丸い石ばかりが海に洗われている。家々は斜面にしがみつくように建ち、どの家の軒先にも、小石が吊るされていた。
風が吹くと、石と石が触れ合って、かち、かち、と音を立てた。
骨が笑っているみたいな音だった。
民宿「こいし荘」の女将は、小石ムツと言った。
八十を越えているはずなのに、背筋がまっすぐだった。
「よう来たな。手品の姉さんと、追放された先生」
「先生、肩書きが島に先回りしてますよ」
「学問に殉じたと言ってください」
夕食には、魚の煮つけ、海藻の酢の物、味噌汁、そして小皿に丸い石が一つ置かれていた。
「これ食べるんですか」
かなえが箸でつつくと、女将が笑った。
「食べたら歯が死ぬ」
「島ジョーク、硬いですね」
石には、薄く文字が彫られていた。
恋。
ムツは言った。
「この島では、好きとは言わん。石を置く」
「石を?」
「好きな相手の家の前に、石を置く。一個なら挨拶。三個なら縁談。十三個なら――」
「死ぬ」
鴨田が言った。
ムツは、魚の骨をきれいに外しながらうなずいた。
「島の外の男が、十三個置かれたらな」
先月死んだ大学院生の名は、鹿内蓮。
島の娘、小石まよりと恋仲だった。
まよりは二十四歳。島で唯一、スマホの画面が割れていない若者だった。彼女は港で二人を待っていた。
「本当に来たんだ」
まよりは、かなえを見て言った。
「私を知ってるの?」
「夢で見た」
「そのセリフ、安いホラーだとだいたい当たるやつ」
まよりは笑わなかった。
「蓮は殺された」
鴨田の顔が、さらに濃くなった。
「誰に」
「島に」
「島は刑法上、被疑者になりにくいですね」
かなえが言うと、まよりは怒ったように石を蹴った。
「冗談じゃない。ここでは人が死ぬと、みんな島のせいにする。恋死様のせいにする。でも、私は見た。蓮が死んだ夜、神社の奥で、誰かが白い布を運んでた」
「誰か?」
「顔は見えなかった。でも、足音が三つあった」
「三人?」
「違う。二人なのに、足音が三つ」
鴨田が、嬉しそうにメモを取った。
「三足歩行の祭祀者。非常に興味深い」
「先生、殺人事件でテンション上げない」
夜、二人は恋死神社へ向かった。




