恋死島(1) 異端の民俗学者
十三湊かなえと鴨田茂樹の、たぶん第一の事件
「本日のマジックは、あなたの初恋を当てます」
中野区のスーパーの二階、百均と整体院のあいだに設けられた催事スペースで、十三湊かなえは声を張った。
拍手は三人分。
一人は店長。
一人は迷子。
もう一人は、整体院から出てきた腰痛の老人だった。
かなえは赤いシルクハットをかぶり、燕尾服ふうのジャケットを羽織っていた。ふう、というのは、それが燕尾服ではなく、かつて友人の結婚式で着た黒いワンピースに、自分で切ったフェルトを縫い付けたものだったからである。
自称、売れっ子マジシャン。
実態、家賃五万八千円の1Kで、冷蔵庫には麦茶と賞味期限の切れたチーズしかないアラサー女。
ただし彼女には、ひとつだけ噂があった。
東北の寒村に伝わる蝦夷の末裔、その女系にだけ発現する、見えるんだか見えないんだか、当たるんだか当たらないんだか、そもそも超能力なのか手品なのか、本人もはっきりしない力。
「はい、おじいさん。あなたの初恋の人の名前は――」
かなえは老人の目を見た。
一瞬、会場の蛍光灯が、潮の底みたいに青く揺れた。
「……サヨさん」
老人は笑うはずだった。
だが、泣いた。
「なんで、わかった」
かなえは慌てて、鳩を出そうとした。
鳩は出なかった。
かわりに、半額シールの貼られた鯖味噌缶が袖から落ちた。
スーパーの店長は小さく言った。
「十三湊さん、食品売場の商品、勝手に使わないでください」
その夜、かなえの1Kに、やたら背の高い男がやってきた。
いや、正確には、ドアチェーン越しに顔だけが見えた。
濃かった。
顔が、濃かった。
「十三湊かなえさんですね」
「押し売りなら帰ってください。宗教なら間に合ってます。NHKならテレビありません」
「私は鴨田茂樹。元K大学准教授。現在は民俗認知科学研究所、所長兼主任研究員兼会計担当兼掃除係です」
「最後が一番えらいですね」
鴨田茂樹は、阿部寛に似ていると自称していた。
世間はそこまで優しくなかった。
ただし、背丈と顔の圧だけは本物だった。
論文タイトルも圧があった。
『古代日本列島における情念場の形成と、女系霊媒集団による歴史改変の可能性』。
これでK大学を追われた。
「歴史改変って言葉を、科研費の申請書に入れるからですよ」
かなえは言った。
「学問は自由であるべきです」
「家賃も自由になりませんかね」
鴨田は、封筒を差し出した。
中には旅費と、前金十万円が入っていた。
かなえはドアチェーンを外した。
「先生、お茶でいいですか。麦茶しかないですけど。あとコップが一個しかないですけど」
「仕事です」
鴨田は、畳の上に古びた地図を広げた。
日本海に、小さな黒い点があった。
「小石島。行政上は無人島に近い扱いですが、実際には四十七人が暮らしています」
「密漁ですか」
「民俗です」
「だいたい密漁と民俗って仲いいですよね」
鴨田は、黒い点を指で押した。
「本当の名は、恋死島」
かなえは黙った。
部屋の蛍光灯が、また少し青く揺れた気がした。
「こいし、じま」
「恋に死ぬ島、と書きます。島には伝承があります。外から来た男が島の女に恋をすると、十三日以内に死ぬ」
「迷惑な婚活ですね」
「先月、民俗学を専攻する大学院生が一人、潮溜まりで死体になって発見されました。彼は島の娘と恋仲だった」
「警察は?」
「事故死と判断しました。だが私は、彼の遺品から奇妙なものを見つけた」
鴨田は、掌を開いた。
小さな黒い石があった。
ただの小石に見えた。
けれど、かなえは触れたくなかった。
「石に、文字が浮かんだのです」
「なんて」
「十三湊」
かなえは、笑った。
「先生、それ、私を怖がらせる演出なら二流ですよ。私、マジシャンですから」
「だから来てほしい」
「超能力者じゃありません」
「では手品師として」
「売れっ子なのでスケジュールが」
「明後日、空いていますね。あなたの公式サイトに予定がありません」
「公式サイト見るな」
二人は青森へ向かった。




