↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のパスティーシュ  作者: 島流しパプリカ
ハルシネイト Ⅱ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/48

聖者 8

 八月一日、真紀はいつもの時間に放送席へ座った。


 机の引き出しには、赤い球が三つ入っていた。


 一つ、二つ、三つ。


 数えてから閉めた。


 番組後半、リスナーからのメッセージを読んだ。


 ラジオネームは空欄だった。


 〈人に死ねと言われました。言った人は、たぶん本気じゃなかったと思います。でも、本気じゃなければ、言っていいのでしょうか〉


 真紀は原稿から顔を上げた。


 赤いランプの向こうに、小川がいた。


 答えを待っていた。


「よくないです」


 真紀は言った。


「よくないですけど、人は言います。腹が立ったときや、ふざけているときや、好きな相手に、言ってはいけないことを言います」


 台本にはない言葉だった。


「言葉には意味があります。でも、言った人と聞いた人のあいだにしかない意味もあります。その意味は、どちらかがいなくなると、残った人には持ちきれなくなることがあります」


 小川が、CMまで一分の札を上げた。


「だから、死ねと言われて苦しかったら、言った人の気持ちを考えなくていいです。言われた自分が苦しかった。それだけで十分です」


 真紀は息を吸った。


「でも、死ねと言った人へ。相手が生きているうちなら、その言葉を別の言葉に言い直せます」


 あと三十秒。


「相手が死んだあとでは、もう言い直せません」


 小川が十秒前から指を折った。


「今日、浪越はよく晴れています。海へ行く人は、古い防波堤へ近づかないようにしてください」


 五。


「それでは一曲お送りします」


 四。


「ラジオネーム、潮騒十七歳さんからのリクエストです」


 三。


「黒瀬慎二さんが嫌いだった曲」


 二。


「理由は、イントロが長すぎるから、だそうです」


 一。


 真紀は音楽を出した。


 赤いランプが消えた。


 イントロは、本当に長かった。


 ガラスの向こうで、小川が目を拭くふりをしていた。


「泣いてんの」


 真紀がトークバックで訊いた。


「目から風が出ました」


「死ね」


 小川が笑った。


 真紀も笑った。


 ヘッドホンの奥で、誰かが小さく、


 お前がな、


 と言った気がした。


 聞き返さなかった。


 夏の言葉は、死者より長く生きる。


 だからせめて、生きているうちに、何度でも言い直さなければならない。


 真紀はマイクの入っていない放送席で、慎二に向かって言った。


「またね」


 引き出しの中で、赤い球が一つ、音もなく増えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。