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妻よ、お前は誰の子を産んだんだ――DNA鑑定が暴いた七年間の嘘  作者: ledled


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第4話:結果

封筒が来たのは、投函から十七日後の火曜日だった。


仕事から帰ると、郵便受けに普通郵便の封筒が入っていた。差出人は鑑定機関の住所。白い封筒。ごく普通の紙。


俺はそれを持ったまま、玄関で少し立ち止まった。


澪は夕飯の支度をしていた。颯太は俺の顔を見ると「パパおかえり!」と走ってきた。俺は颯太を抱き上げて、「ただいま」と言って、封筒をコートのポケットに突っ込んだ。


夕飯を食べた。子供たちを風呂に入れた。寝かしつけた。


澪が洗い物を終えた音がした。リビングに戻ってきた気配がした。テレビをつける音。


俺は書斎に入って、ドアを閉めた。


机の上に封筒を置いた。しばらく見ていた。手が、少し震えた。


開けた。


中に、一枚の書類が入っていた。


『鑑定結果報告書』


俺は一行目から読んだ。鑑定番号、提出日、採取方法。機関の署名。そして——


『被検者A(父:桧山渉)と被検者B(子:颯太)の間に、生物学的な親子関係は認められません』


認められません。


その四文字が、俺の視界の中で静止した。


世界から音が消えた。頭が空白になった。もう一度読んだ。変わらなかった。


颯太は、俺の子ではなかった。


俺は書類をテーブルに置いて、椅子に深く寄りかかった。天井を見た。白い天井。何も書いていない。当たり前のことが、やけにはっきりと見えた。


七年間。


七年間、俺が父親として生きてきた子供は、俺の血を引いていなかった。颯太が生まれた夜、俺は喜んで泣いた。初めて俺の腕の中に収まった小さな体。「俺の息子だ」と思った。その夜のことを今でも覚えている。


全部、嘘の上にあった。


----


澪を呼んだ。


書斎のドアを開けて、「話がある」とだけ言った。澪は俺の顔を見た瞬間、何かを察したように体を硬くした。


二人でテーブルを挟んで向き合った。俺は書類を澪の前に置いた。


澪は書類をゆっくりと手に取った。読んだ。半分まで読んで、手が止まった。残りを読んだ。書類を、テーブルに戻した。


声が出ない様子だった。


「知ってたか」


俺が先に口を開いた。


澪はすぐには答えなかった。長い沈黙の後、小さく頷いた。


「……颯太の父親が、誰か」

「江崎か」


また頷いた。


俺は一度、目を閉じた。想定していた答えだった。それでも、聞いた瞬間は胃が重くなった。


「なぜ言わなかった」

「……怖かった」

「何が」

「あなたに、嫌われるのが。一人で子供を産む自信がなかった。江崎は最初から逃げる気でいた。どうしようもなくて……あなたとの結婚を利用した」


「利用した」と言う言葉を、澪は自分で口にして、顔を歪めた。


「そうだ、利用した。ごめんなさい。何度謝っても足りないのは分かってる。でも、颯太は、颯太はあなたのことを本当のパパだと——」

「颯太には関係ない」


俺は遮った。


「颯太は何も知らない。颯太は何も悪くない。話しているのはお前のことだ」


澪は口を閉じた。涙が頬を伝っていた。


俺は書類を手元に戻した。


「江崎には連絡を取った。颯太の認知をどうするか、本人と話す必要がある」


澪が顔を上げた。「え」


「颯太の実父は江崎だ。法的に、話し合いが必要になる」

「でも、江崎は——」

「分かってる。逃げるだろう。でも、記録に残す必要がある」


俺はその翌日、江崎亮に連絡を取った。弁護士を通じて正式な書面を送った。


返答は、予想通りだった。


『当方は本件について関知しません。認知の意思はありません』


たった一行の書面だった。


俺はそれを弁護士に渡して、「記録に残してください」とだけ言った。江崎に対する怒りがないわけではなかった。だが、それより先に、虚しさが来た。こういう男が澪の選んだ相手だったのか。こういう男との子供を、俺は七年間育てていたのか。


怒鳴りたかったわけじゃない。殴りたかったわけでもない。ただ、なぜ、という問いだけが残った。


----


夜、颯太が俺の部屋に来た。


「パパ、ここで寝ていい?」


俺は少し迷ってから、「いいよ」と言った。颯太は布団にもぐりこんで、俺の腕に自分の頭を乗せた。


「パパ、最近、元気ない」

「……そうか?」

「うん。なんか、ちがう顔してる」


子供はよく見ている、と思った。


「仕事が忙しいんだ」

「ふーん。でも、帰ってきてくれるじゃん」

「そうだな」

「だから大丈夫だよ、パパ」


颯太はそう言って、目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきた。


俺はしばらく、その顔を見ていた。


可愛い。それは変わらなかった。血がどうであれ、この子は俺の前でいつも笑っていた。俺の帰りを待っていた。俺の声で安心して眠った。


それは本物だった。誰がなんと言おうと、俺とこの子の間にあったものは、本物だった。


ただ、それをどう扱うかは、まだ俺の中で答えが出ていなかった。


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