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妻よ、お前は誰の子を産んだんだ――DNA鑑定が暴いた七年間の嘘  作者: ledled


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第2話:告白

俺が動いたのは、一週間後だった。


感情で動くのは危険だと分かっていた。怒りのまま問い詰めても、相手に言い訳の余地を与えるだけだ。証拠が必要だった。それに、何より、俺はまだ確信したくなかったのかもしれない。


同僚の黒瀬に相談したのは、その週の昼休みだった。黒瀬誠は五年前に離婚している。理由は言わなかったが、俺は何となく想像していた。だから彼に話した。


「澪のスマホに、知らない男からのMINEがあった」


黒瀬は弁当の箸を止めた。「見たのか」と短く聞いた。


「通知だけ。でも内容で分かった」

「証拠は?」

「ない。感覚だけだ」


黒瀬はしばらく黙ってから、「感覚を信じろ」と言った。「夫婦ってのは、言葉より先に体が気づく。お前の感覚が合ってる可能性の方が高い」


それから彼は、探偵事務所の名前をメモ帳に書いてくれた。「使うかどうかは別として、持っておけ」と。


俺はそのメモを財布の中に入れた。


----


証拠が手に入ったのは、思ったより早かった。


探偵は使わなかった。必要がなかった。澪が自分でドアを開けた。


月曜日の夜、澪は「友達とご飯」と言って出かけた。俺は仕事を早上がりして、澪が指定した駅の近くで待った。半ば衝動的な行動だったが、後悔はしなかった。


午後七時半。澪が改札を出てきた。その隣に、男がいた。


三十代半ば、細身で、黒いシャツを着た男。澪は笑っていた。俺に向けたことのない種類の笑顔で。


二人は近くのビルに入った。俺はその前でしばらく立っていた。中はレストランかもしれない。そう思いたかった。だが五分後、俺はビルの入り口に張り出された案内板を確認した。そこには飲食店の名前はなく、ホテルの名前だけがあった。


俺はその場を離れた。走らなかった。ゆっくり歩いた。駅まで戻って、ホームのベンチに座った。電車が来ては行き、人が乗り降りする。それを何本分か、ぼんやりと見ていた。


頭の中は妙に静かだった。怒りはあった。だが、それよりも「やっぱりそうだったか」という冷えた確信が、先に来た。


その夜、澪が「楽しかった、ちょっと飲んじゃった」と帰ってきた。ほんの少し頬が赤かった。俺は「そうか」とだけ答えた。


翌日、俺はスマートフォンで自分たちのルーターへのアクセス履歴を確認した。そして澪のSNSのアカウントを特定し、過去の投稿を遡った。表向きの公開投稿は当たり障りのないものばかりだったが、閲覧制限がかかっていない古い投稿の中に、見覚えのない男性とのやりとりが残っていた。


「江崎亮」という名前。「江﨑」だ。


投稿には日付があった。俺と澪が結婚した年よりも前。七年以上前のものだった。


俺はその投稿を保存して、弁護士に電話した。


----


対話は、金曜日の夜に行った。


子供たちを寝かしつけてから、俺はリビングのテーブルに座って澪を呼んだ。澪は最初、何も気づいていない表情だった。向かいに座って「どうしたの?」と首を傾けた。


「話がある」

「うん」

「月曜日の夜、見てた」


澪の顔色が変わった。「何を」と言おうとして、できなかった。


「一緒にビルに入った男、誰だ」


沈黙が落ちた。澪は目を伏せた。逃げ場を探しているように見えた。


「あれは、友達で——」

「嘘をつくな」


声が低くなった。怒鳴りはしなかった。でも、俺の声の硬さが伝わったのか、澪は言葉を続けられなかった。


「MINEも見た。江崎亮。そいつとの会話だ。一週間以上前から知ってた。ずっと確認していた」


澪は顔を手で覆った。


「……ごめん」

「謝罪より先に、事実を教えてくれ。何ヶ月だ」

「……半年、くらい」

「体の関係は」

「……ある」


テーブルの上で、俺は両手を組んだ。力を入れていないと、手が震えそうだった。


澪は泣き始めた。ごめんなさい、という言葉を繰り返した。私が悪かった、やり直したい、子供たちのためにも、という言葉も出てきた。


俺はそれを最後まで聞いた。


「離婚する」


澪が顔を上げた。その目に、驚きと恐怖が混ざっていた。


「待って。子供が——」

「子供のことは考えてる。だから、ちゃんとした手続きを踏む。弁護士を立てる。来週、連絡が来るはずだから」


俺は立ち上がった。その夜は書斎のソファで寝た。


----


翌朝、俺は早起きして子供たちに朝飯を作りながら、頭の中で整理をしていた。


離婚を決めた。そこは揺らがない。だが、何かがまだ引っかかっていた。


前日の夜、澪が泣きながら言った言葉の中に、妙に刺さるものがあった。


「あなたのことは、ずっと好きだったの。ただ……ちょっとだけ、ズレていっただけで——」

「ちょっとだけ、ズレた」。


俺はその言葉を何度も反芻した。ズレていっただけで浮気をする。浮気をしても罪悪感より言い訳が先に来る。それはどういう人間なのか。


そして、思い出したことがあった。


澪のSNSの古い投稿の中に、もう一つ、気になるものがあった。閲覧制限がかかっていた投稿を、キャッシュ経由で拾ったものだ。七年前ではなく、もう少し後——結婚直前の時期の投稿だった。


「ねえ、大変なことになった。誰にも言えない。でも彼との結婚、もうすぐなんだよね……どうしよう」


フォロワーからの返信が続いていた。


「え、何かあったの?」

「大丈夫? でもさ、どうしようもなくなったら、なんとかなるよ。向こうが気づかなければ」

「向こうが気づかなければ」。


その言葉が、俺の頭の中で静かに回り続けた。


七年前。結婚直前。「大変なことになった」。「向こうが気づかなければ」。


俺は颯太のご飯をよそいながら、ゆっくりと時間の計算をした。


颯太が生まれたのは、俺たちが結婚してから七ヶ月後だった。澪は「少し早かったけど元気に生まれた」と言っていた。俺も何も疑わなかった。七ヶ月なら、あり得る話だと思っていた。


だが。


「颯太、ごはんだぞ」

「わーい!」


颯太が走ってきた。屈託のない笑顔で、椅子によじ登る。


俺はその顔をじっと見た。


可愛い、俺の息子。そう思って七年間、愛してきた。


でも、今初めて、その顔を「そういう目」で見てしまった。


俺に似ているだろうか。


俺の鼻に、俺の目に、俺の何かに、颯太は似ているか。


分からなかった。ただ、その「分からない」という感覚が、恐ろしかった。


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