サイドストーリー:澪の母・木村節子の視点
娘が離婚した。
澪が実家に戻ってきた日、私は黙って部屋を用意した。何があったか、詳しくは聞かなかった。澪の目を見れば、全部聞かなくていい、と思った。あの子の目が、私が見たことのない種類の暗さを持っていたから。
翌朝、お茶を飲みながら、澪がぽつりと話し始めた。
全部聞いた。浮気のこと。DNA鑑定のこと。颯太のこと。
聞きながら、私は何も言えなかった。怒る気力も、慰める言葉も、全部どこかに消えてしまった。
娘が、そんなことをしていたのか。
渉さんは真面目な人だと思っていた。几帳面で、口数は少ないけど誠実で、澪のことを大事にしていた。あの人が悪かったとは、どう考えても思えない。
悪いのは、澪だ。
親が言うべきことじゃないかもしれない。でも、事実がそうだから仕方がない。澪が渉さんを騙して、颯太を托卵して、それでまた浮気をして、全部バレた。
どこで間違えたんだろう。
子育てに失敗したのか、と思った。でも、それは私の傲慢かもしれない。澪は大人で、自分の選択に責任がある。私が何をしたかしなかったかは、関係ない。
ただ、胸が痛かった。
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颯太ちゃんと航ちゃんが渉さんのところにいる、と聞いた時は、正直ほっとした。
颯太ちゃんは血がつながっていないのに、渉さんが引き取った。それは渉さんの強さだと思う。あの人は、最後まで子供たちのことを優先した。
澪は「颯太のこと、お願いします」とSMSで渉さんに送ったと言っていた。
それだけ送って、何になるのか。と思う気持ちと、それでも送るしかなかった澪の気持ちを想像する気持ちが、入り混じった。
月に一度、子供たちに会えると聞いた。渉さんが許してくれているらしい。
それだけの人だ、渉さんは。あれだけのことをされても、子供から母親を取り上げるようなことはしない。
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澪は今、少しずつ立ち直ろうとしている。
仕事を探し始めた。部屋の片付けをするようになった。少しだけ、表情が戻ってきた。
でも、颯太ちゃんと航ちゃんの名前を出すと、まだ目が揺れる。
子供たちに会う日の前夜は、必ず早く寝る。会う日の朝は、きれいに支度をする。それだけが、今の澪の一番大事な時間なのだと思う。
私にできることは、ご飯を作ることと、澪が話したい時に聞くことだけだ。
渉さんには、一度だけでも謝りたいと思っている。でも、謝りに行く資格が私にあるかどうか、分からない。
渉さんとあの子たちが、ちゃんと生きていてくれることを、毎朝仏壇に手を合わせながら願っている。
それが今の私にできる、唯一のことだから。




