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55話 神を待たぬ者たち

堤防が完成したのは、雨が最も激しく降る夜だった。

空は裂けたように黒く、風は吠え、

川は今にも溢れそうに唸っていた。


工兵たちは泥に沈みながら最後の杭を打ち込み、

仮堰に縄をかける。


合図を待つ兵士の手は震えていた。

恐怖ではない


――これが本当に「終わり」かもしれないという予感だった。


「国王陛下、準備完了です!」


報告を受け、オレはうなずく。

雨で濡れた髪が顔に貼り付き、片腕の包帯は血と泥にまみれていた。



オレは手にした火矢を見つめる。

矢先に灯る火が、雨の中でかすかに揺れた。


「全員、退避準備!!!」


アンナ元帥が叫ぶ。

その声を合図に、兵たちは後方へと駆け出した。


オレは最後まで堤防の前に立ち、深く息を吸い込む。



「ここで終わらせる。」


矢を放つ前、風が止んだ。


まるで世界が、これから起こることを

見届けるために息を止めたようだった。


火矢が放たれた。

一瞬の閃光。



続いて、世界を割るような轟音。


堤防が砕けた。


咆哮のような水流が解き放たれ、

川は獣のように牙を剥いた。

大地が震え、天が裂け、夜が白く染まる。


地下要塞の入り口に押し寄せた奔流は、

まるで地獄の口を飲み込むように吸い込まれていった。


魔王軍の兵士たちの悲鳴が、

泡とともに消えていく。



アンナ元帥がその光景を見つめながら、

小さく呟く。


「……まるで、神話の洪水ですね。」



「オレ達は神に頼れない。

アイツらは意地が悪いからな。

信用できるのはいつだって

――決断をした人間だけだ。」





「魔王様!!!

お逃げ下さい!!!

ここまで水が来ます!!!!」


地下要塞はパニック状態だった。


堤防を決壊させた水は

排水量を超えており


本来敵や水を遮断する

はずの扉ですら押し流した。


このままでは

一時的とはいえ

水没するのは時間の問題である。


「この地下要塞を

放棄する!!!!」


魔王が叫んだ。


この地下要塞をこんな方法で

攻略してくることは魔王の

想定外だった。



まるで子供がアリの巣に水を

入れるような馬鹿らしい発想だ。


魔王はヒメジマがここまで出来るとは

思っていなかった。


自分と同じく戦略や戦術の範疇で

考えると思っていた。


しかし今回はそれを超えていた。


魔王はここにきて初めて人物を見誤ったのだ。


水の壁が走った。


土砂と死体を巻き込みながら、要塞の通路を呑み尽くしていく。


逃げ惑う魔族の叫びが、次の瞬間には泡となって消えた。



魔族の大軍が

それぞれ分かれた無数の出入口に

殺到する。



多くの者が水に

飲み込まれていった。



命からがら逃げるのだから

陣形も何もなかった。



そしてその地下から出口の先には

王国軍の大軍が待ち構えていた。


無防備な魔王軍は次々と

王国軍に討たれていた。


もはや統率が

取れておらず組織的な抵抗を

とる事が出来ない。


この状況では

魔王軍のからの反撃は

どの視点から見ても不可能だった。



魔王は積み上げていたものが

崩れていくの感じていた。


多大な時間と資金をかけて

構築していた防衛網も


長年をかけて築き上げた

兵達からの信頼も。


だからせめて

本当に大事な者だけは

守らなければならなかった。



「フェリル、お前は

兵達をまとめこの先の峡谷へ逃げろ

殿は余が引き受ける」


フェリルは驚愕に目を見開く。


「何をバカな事を

アナタがいなければ

国は……」


「前にも言った。

お前が後継者だ。

死ぬことは許さん。」


魔王は前を向いたまま

フェリルに話しかけ

その表情を一切見せようとしない。


「魔王様が犠牲に

なる事でなんになりますか!!」



「お前達が残る」


一切迷いなく魔王は

断言した。


「余にとっては

それが一番大事だ。

自分の子供の死は

もう見たくない」


フェリルの涙が

とまらなくなる。


魔王はそれでも

前を見続ける。


今、フェリルの顔を見れば

愛おしくて

自分が戦えなくなる事が

わかっているから。


「アナタは勝手だ

いつもいつも

こんな時くらい

恩を返させてよ……」


フェリルは孤児であった所を

魔王によって拾われていた。


教育を受けさせてくれた。


要職につけてくれた。


フェリルにとって魔王は

育ての母そのものだった。


「フェリル……

次代の魔王になるにあたり

一つだけ余から願いがある」


「次の世代に恨みを

持ち込ませるな」


「余の元居た世界の祖国は

かつて世界と戦い負けた」


「本来であれば

憎悪の連鎖が続いたはずだ」


「だが、私達の親の世代で

その憎悪の連鎖を断ち切った」


「私は今でもその決断を

尊敬している」


「フェリルにも

そのようにして欲しい」



王国軍がこちらに迫って

くるのを感じた。


話すにしてもあまり

時間は残されていないだろう。



「私に…出来るでしょうか?」


フェリルは問いかける。


「大丈夫。

優しく長期的な視野を持つアナタなら

きっとできる」


「行きなさい」


「お母さん…ありがとう…

私はアナタが大好きでした」


それを言う残すと

フェリルは去って行った。



「ありがとう、

最高の誉め言葉だよ」


魔王がポツリと告げた。


「ジグムント」


「はっ」


魔王はジグムントに目を向ける。


「悪いがお前には一緒に残って貰う」


「言われずともお供いたしますとも」


ジグムントは笑った。


「もう主を失い惨めに生きるのは

ごめんですからな」


ジグムントはゆっくりと剣を抜いた。


「最後の戦いが、主と共にあって光栄です」

 

魔王は微笑んだ。


「……行こう、我が最期の戦場へ。」



いつの間にか雨は止んでいた。


雲の切れ間から差す一条の光。

それはまるで、焦土の上に咲いた花のように儚かった。


その光は、誰のためでもなく、ただ空を照らしていた。



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