琴音という幼馴染
「遅い……」
集合時間はとっくに過ぎている。
今日は祭の準備も浴衣の着付けもないはずなのだが。
まあ、待つのは嫌いじゃない。
敷いたブルーシートの上に寝転がる。
「おー」
旧神社跡地から見る今日の夜空は新月のおかげで光も薄く星が綺麗に見える。
海で真白と会った、あの日とは真逆の夜空である。
しかし、遅い。鈴音のやつ、説得に失敗しやがったか?
せっかく色々準備して来たってのに……。
「おっす」
「うお!?」
俺の死角からヒョッコリと顔が現れた。
「何を驚いてんのよ?」
「そりゃ、音もなく近付かれたら驚くだろ普通」
遅れてきても悪びれる様子を見せないのは篠宮琴音―俺の幼馴染で、そして―
「それで話って何かしら? あっ横いい?」
「いいかどうか聞いたなら、答える前に座るんじゃねえよ」
「どうせいいって言うでしょ」
「じゃあ聞くなよ」
「一応マナーとして聞いたんじゃない?」
「それなら、次は答えを最後まで聞くマナーを覚えてこい」
あと遅刻してきた時には、まず謝るマナーも覚えろ。
「ていうかアンタ、こんな人気のない所にブルーシートって。厭らしい事でもする気?」
「お前も一緒な事をしてただろ?」
「私は厭らしい事するつもりだったもの。出来なかったけど」
「…………」
「それで話って?」
まあいい。
「鈴音と神宮先輩から聞いたよ。昔ここで遊んだ事があるって話も、お前が何でここが嫌いなのかも、お前らがちょっと特別だって事も、俺が何をしたかも」
「そう」
琴音の返事は静かなものだ。さて、何から話したものか。
「そうだな、とりあえず、祭で誤解させた事は謝っておくかな。あの時に、真白がネックレスを着けていた―」
「その話は鈴音から聞いたわ。誤解した、というより、暴走した私が悪かったわ」
逆に謝ってきた。
「何を意外そうにしてるのよ。言っとくけどアンタには謝ってないからね?」
「あーそう」
「柚葉と詩子、真白ちゃんには悪い事をしたわ。せっかくのお祭を台無しにしちゃった」
謝った事よりも、真白にも悪いと思っていた事の方が俺としては意外だった。
「分かってるのよ。真白ちゃんが彼女とは別人だって、雰囲気がまるで違うもの」
お姉さんは一体どんな雰囲気だったのだろうか。
「でも真白ちゃんと彼女の姿が本当に一緒なのよね」
存在が違うだけで体は一緒だからな。
「その真白ちゃんが桜貝のネックレスを持ってたから……」
昔の事を思い出してしまった、と。
「そんなに彼女の事がトラウマなのか?」
琴音が黙る。踏み込み過ぎたかも。
「……そうね」
少しの間の後、琴音が話し出す。
「トラウマよ。あんな思い、もう絶対したくない。何で私はアンタみたいに記憶が消えないんだろうってね。ずっと思ってたわ。あの夏休みの記憶が亡くなれば、私はこんなにも不安に思う事なかったのにって、醜い私を知らずに生きていけたのにってね」
醜い私か。
「……なあ琴音、俺の事どう思っている?」
「何よそれ?」
「どう思ってる?」
俺は琴音から聞かなければならない。
「何よ……。好きよ。大好き。愛してるし恋してる。私の一番特別で大切な人。ずっと、ずっとね、私は幸一が好きよ」
「…………くっ」
顔を逸らしてしまう。
「ば、バカ! 照れて赤くなるなら聞かないでよ! 私まで恥ずかしいじゃない」
「そんなストレートな好意が聞けるなんて思ってなかったんだよ!」
特別かどうかを聞ければ良かったのに。そんな言葉を尽くさなくてもよかったのに!
「ま、まあ、ありがとな琴音。俺の思ってる事も大体似たもんだ」
「アンタ人に言わせといて自分は言わないつもり?」
そんな訳がない。そんなの許される訳がない。でも―
「俺が何を言っても、お前は信じられないんだろ?」
お前が俺の事を好きなのは分かった。本気で嬉しい。
俺だってお前に言いたい事が山ほどある。
祭のあの日に言えなかった、今まで言えなかった沢山の、言葉が。
「俺も言いたい。でも何を言ったらお前は信じてくれる? どれだけ言葉を尽くせばお前の不安はなくなるんだよ?」
どうやったらお前はトラウマから解放される?
「で、でも、それは!」
分かっている。俺が招いた事態だと言いたいんだろ?
俺があの夏休み、琴音に桜貝を渡さなかったせいだって言いたいんだろ?
琴音を責めるのは責任転嫁どころか。ただ逆ギレとしか思えないだろ?
でも俺はお前を責めないといけない。信じて貰うためにも。
「それは……」
琴音の声は弱々しく消えていく。
「お前に渡す物がある」
「…………」
琴音は完全黙る。一体、彼女は何を思っているのだろうか?
自分を責めてくる俺の理不尽さに、憤っているのかもしれない。
でも知ってるか琴音、俺だって怒っているんだぜ?
「ほら」
細長い箱を琴音に渡す。
「これって……」
箱を開けていなくとも中身は予想出来ているようだ。
琴音は箱を開ける。顔を見なくてもどんな顔をしているか想像はつく。
「どういう事?」
開けられた箱の中には桜貝が一枚装飾されたネックレスが入っている。
おそらく琴音は俺を睨んでいるだろう。怖くて横を見れないが。
「どうもこうもねえよ。お前にプレゼントだよ」
「私をバカにしてるの?」
「大真面目だ」
「じゃあバカはアンタね。こんなの貰って私が本気で喜ぶって思ったの?」
一ミリも思わない。
その桜貝はあの夏に俺がお姉さんにあげた桜貝の片割れであり、この前までは、真白が着けていたネックレスだ。
琴音もそれを理解しているようである。
「意外と喜ぶかもしれないぜ?」
お前はまだ、その桜貝の意味を知らないだけだ。
「それに、せっかくだから昔話でもしようぜ? 記憶がないから聞き役になるけど」
「鈴音から聞いたでしょ? それ以上の話はないわ」
「お前が何を思っていたのかを、俺は聞きたいんだよ」
ここへ来たという事は琴音も、何かは思っているはずだ。
「頼む」
お前がどんな苦しい思いをしたのか、俺に聞かせてくれ。
「……アンタにとっても気分がいい話じゃないわよ?」
「それでも頼む」
「……あの夏休みに私達とお姉さんが出会って遊ぶようになったのは聞いてるわよね?」
夏休みに何があったのかは聞いている。
「最初は仲良く遊んでたわ。でも、最低なのよ私は、アンタがお姉さんと一緒にいる所を見て不貞腐れて、それでもお姉さんは私に優しくして……私はそんなお姉さんに早く消えろって思ってた」
お姉さんがもう長くない事を琴音は知っていた。
「優しくしてくれるお姉さんに私は居たたまれなくて、私はお姉さんに近付かなくなった。そしたらアンタが二枚繋がった桜貝を見つけたって話を聞いた」
この事件の発端である桜貝。
「その桜貝の伝説が、私は昔から好きだったわ。その話を聞いた時は、きっと幸一は私に桜貝を渡してくれるって信じてた。信じるしかなかった」
でも、琴音が見たのは俺がお姉さんに桜貝のネックレスを渡している場面。
「信じてたのに、裏切られたって。お姉さんの記憶がアンタから消えても、私からはその記憶がずっと離れない。アンタが今どれだけ私の事を、好きだ、特別だ、一番だって言っても、アンタがあの時選んだのは彼女だった。それは何年も経った今でも変わらない」
それは俺の記憶が無いという事も関係しているのだろう。記憶がないから琴音はいつまで経っても自分がお姉さんよりも特別な存在なのかを知るすべがない。
だから、不安なのだ。何を言っても。
だから、信じられない。どんなに言葉を尽くされても。
あれだけ自分を振り回した桜貝を、琴音がそれでも欲するのは、記憶がない俺から貰える、お姉さんと並ぶ事が出来る唯一の証だからだ。
「私はアンタの本当の意味で唯一の特別にも、一番にもなれない。だって、アンタが桜貝を渡したのはお姉さんだから、アンタの唯一の特別も、一番も私じゃなくて、お姉さんだったんだから」
でも、きっと今の琴音に桜貝を渡しても満足してくれないだろう。
それは、お姉さんと並ぶだけで自分が俺の一番だとは言えないからだ。
琴音の長年膨れ上がったお姉さんへのイメージのせいで、琴音に桜貝を渡しても、また俺を信じる事が出来ずに、堂々巡りで終わってしまう事になるだろう。
「許せないのよ。お姉さんを選んだアンタも。アンタに選ばれたお姉さんも」
あの夏休みから俺を、そしてお姉さんをずっと恨んでいたのだろう。そして―
「何より、いつまでも嫉妬してる自分が、恨んでいる自分が、信じられない自分が、許せないでいる自分が―許せないのよ」
俺を許せず、お姉さんを許せず、自分を許せず。
何年も琴音はその思いを抱えて今まで生きて来たのだろう。
「ごめんな、琴音」
罪悪感が込み上げてくる。
「謝らないでよ……謝らないで……」
あの夏休みに、俺がお姉さんを選んだ事について謝っていると思っているんだろうな。
でも違うんだよ。
「誤解なんだよ琴音」
「誤解?」。
今までお前が話してくれた話も、鈴音の話も、全部違う。
お前ら全員、俺も含めて、根本から間違ってたんだよ。
「俺はお姉さんを選んでなんかない」




