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兄貴が叫ぶ 俺の名前を言ってみろ!

 鈴音に連れて来られたのは、祭の日に琴音と訪れた旧神社跡地であった。

「ここに来ると、今でもあの夏休みを思い出すッス」

「俺は思い出せないけどな」

「あはは。そうッスよね……」

 鈴音は一瞬だけ俯くが、すぐに前を向く。

「ほら先輩、あれがお姉さんの祠っすよ」

 鈴音が指す方を見るとそこには確かに石の祠らしきものがあった。

「なるほど。暗闇の中じゃ分からないわけだな」

 明るい今でも、遠目から見たらただの石と勘違いしてしまいそうなくらいだ。

祠と言われればそうかもしれないと思う。

「鈴音もここで遊んだんだよな?」

「そッスよ。僕、あの夏が好きだったんスよね。みんなで秘密基地だってここに集まって一緒に遊んで楽しかったッス」

 鈴音は小学生の時の夏休みの事を話す。

「僕がいて、先輩がいて、琴姉がいて、楽ちゃんがいて、お姉さんがいたッス」

 その五人。仲が良かった、五人。

「本当に仲良かったんスよ。琴姉もお姉さんの事を慕っていたし、というか私たち皆がお姉さんに懐いたッス」

「懐いてたって、あんな性格なのにか?」

 無口、無表情、無愛想なのに?

「いえ、お姉さんと真白さんの性格は全然違うッスよ。お姉さんは、いつも笑顔で喋でしたし、面倒見もよくて優しかったッス」

 本当に全然違うんだな。笑顔で喋る真白―新鮮だな……。

「でも、琴姉だけはちょっと嫉妬深くて……」

 俺が全く気付かなかった琴音の思い。今も、つい最近までは気付かなかったけど。

「琴姉はずっと先輩の事が好きだったんスよ? いつも先輩と一緒にいて、自分が幸一の一番なのって」

 一番か。

「多分、その一番を琴姉は、お姉さんに取られるって思ったんスよね。それで少しずつ、お姉さんへの態度がきつくなり始めたッス」

「そこに俺が追い打ちをかけるように桜貝のネックレスを渡したって事か」

「もう夏休みが終わるくらいに先輩が二枚繋がった桜貝を見つけたんスよね。それをオジサンに頼んでネックレスにして貰ったッス」

「それで出来たネックレスを渡している所を琴音に見られたと」

「それ以来琴姉はここに来なくなって。そのまま夏休みが終わってしまったッス」

 それから琴音は怒って俺としばらく口を利いてくれなかったんだっけ。

「その後に僕がした事は、さっき神宮さんと話した通りッスね……」

 一度目のバッドエンドを迎え、一人、お姉さんを救うハッピーエンドを目指していた。

「僕はただ皆で一緒にまた遊びたかったんス。楽しかったあの夏が忘れられないんスよ」

 だから諦めずに何年も待っていた。

 俺が琴音を好きだって気付くまで。琴音が嫉妬しなくていい世界になるまで。

 何年も待ったチャンスが訪れた今年の夏に鈴音はついに行動に移したのだ。

「でも結局うまくいかなかったっス。僕の予定では琴姉と先輩が二人で祭に行った日に付き合う予定でした」

「それから真白の存在を消して、お姉さんの存在を取り戻す予定だったのか?」

 鈴音の表情が歪む。

「……はい、その通りッス。それでまた元通りになると思ってたッス」

 琴音がお姉さんの存在を許しまた皆で仲良く出来る世界。

「でも知っての通り失敗したッスよ。琴姉の傷は僕の想像以上に深かった。あれから何年も経った今でもお姉さんを恨んでいる。また先輩を取られるかもと怯えているッス」

 琴音の夏休みに負った心の傷は鈴音の予想を遥かに超えていた。

「でも、どうして俺に話す気になったんだ? 作戦は失敗したってまだチャンスがないわけじゃなかっただろ?」

 真白がいる限り。あの桜貝を着けている限り。

「僕も諦めるつもりは無かったッス。だから幸一先輩にあの夏休みの事を話して琴姉が桜貝をどれだけ必要としているか伝えたんスよ」

 俺が桜貝を渡せば琴音の気持ちは動くかもしれない。

「でも結局、僕は琴姉にあの夏と同じ思いをさせてしまったッス。また傷つけてしまったんスよ。もうこれ以上は琴姉に嫌な思いをさせたくない」

 それに―と鈴音は続ける。

「オジサンのお店で真白さんと話して、一人の存在だって認識してから僕の決意は鈍り始めていたッス」

 一度話したあの時に。

「きっと僕は作戦が成功しても、真白さんの存在は消せなかった。その事実に耐えられなくなっていたはずッスから。だから、作戦の成功は絶対になかったんズよ……」

 鈴音は悔しそうに唇を噛む。

「お姉さんを救えばハッピーエンドだと思ってたッスけど……それは、叶いそうにないッス……。だから神宮さんに、幸一先輩が来たら全て話して欲しいって頼んでいたッス」

 じゃあ、ゲームで勝っても負けても教えてくれていたのか

 というか、わざと俺に負けた?

「幸一先輩が来たって連絡が神宮さんから入ってすぐに向かったッス。着いた時はまだ神宮さんとゲームが終わったくらいだったッスから、しばらく教室の外で聞いてたッス」

 それから真実を話した理由は自分で話すために教室に入った。

 しかし、鈴音が俺に真実を話した、その意味―

「じゃあ、お前―お姉さんを救うのは諦めるのか?」

 鈴音は顔を上げられずに俯く。

「……いいんスよ。僕が諦めれば真白さんを救う事にもなるッス。それに今は琴姉の方が僕にとって大切ッス。それで皆がハッピーエンドッスから……」

 俯く鈴音の頬から雫が零れる。

 鈴音の言う皆の中には、鈴音自身は入っていないだろう。

 違う。違うだろ鈴音? お前が俺に言いたいのは。

「その代わり頼みがあるッス。何としてでも琴姉の心を動かして元気付けて―」

「ん、お前も昔に比べて大分身長伸びたよな」

 鈴音の頭に手をのせて自分の身長と比べる。

「はい? 幸一先輩?」

 急に何の話をしているか分からないか、鈴音?

「頼むから琴音みたいに俺の身長を抜かすのだけは勘弁してくれよな」

「え? 何の話をしてるんスか!?」

 俺は琴音の目を真っ直ぐ見る。

「おい鈴音!」

「は、はい!?」

「勘違いしてんじゃねえよ!」

「何がッスか!?」

 分からないだろう? 教えてやるよ。

「お前は高校生になって少しは身長も伸びて大人になった気かもしれないけど、お前は昔から何も変わない、ただのチンチクリンなんだよ!」

「急にディスられたッス!」

 うるせえチンチクリン。

「おい、俺の名前を言ってみろ!」

「どこの世紀末の人ッスか? ―七瀬幸一ッス!」

「違う! 俺はお前のなんだ!」

「意味が分からないっス! ―幸一先輩ッスか!」

「そうじゃなーーい!!」

「じゃあ、何なんッスか!?」

 本当に分からないみたいだな。

「前に俺に言っただろ?」

「な、何をッスか?」

「お前が泣くような時は、お兄ちゃんしてくれって」

「っ!」

「いいか鈴音。お前が俺を先輩と呼ぼうが、敬語を使おうがな俺はお前の兄貴分なのはいつまで経っても変わらないんだよ。昔も今も何一つ変わらない。困ったなら俺に言え、我儘だって言ってみろ。まだまだチンチクリンのくせに大人ぶってんじゃねえよ!」

 何をしけた面をしている。涙を流すなら俺に言いやがれ。

 お前の目の前にいるのは誰だ!

「もう一回聞いてやる鈴音、俺への頼みは何だ?」

「あ、あ、あの。幸一先輩」

「違うだろ?」

 我儘を言うなら、そうじゃない。

「……こ、幸兄」

「なに?」

 鈴音は恥ずかしそうに少し顔を赤らめている。

「お願い幸兄! 私も、お姉さんも、皆を―幸せにして!」

「ん、任せとけ」

 確かに聞いた。お前の我儘を。

 あとは俺に任せとけ。

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