重要なのはね――
存在が消える?
「でも、真白はそこに居ますよね?」
ロッカーに入っていた箒で素振りをしている真白は、確実にそこに居る。
「だから、元神様なんだよ。存在の消えかけている神様に神代真白という名前を君が付けたおかげで、その神様に新しく神代真白という存在が生まれたんだよ」
「存在が生まれた……ですか」
あの日、真白が触れた感覚が一切なかったのは存在が消えかけていたから。
楽に聞かれて名前を付けた時に触れられたのは、新しく存在が生まれたからなのか。
「というか先輩の記憶は消えないんですか?」
神様の存在が消えたら人の記憶から消えると言ったのは先輩である。
「僕はオカルト研究会の部長だからね」
「どんな理屈ですか」
「まあ、僕は少し特別なんだよ。霊能力が強いっていうのかな?」
急に霊能力と言われても疑いたくはなるが、真白という存在がもう普通じゃないので何も言う事ができない。俺の知らない世界の話にツッコミはいれられない。
「もしかして、霊能力一家とか漫画みたいな家族だったりしますか?」
「僕には家族はいないんだよ。兄弟もいないしね」
「いや、えっと、すいません……」
「気にしてないよ。ずっと昔の話だからね」
本当に気にしていない様子で、神宮先輩は話を再開してくれる。
「一昨日、30日に真白ちゃんから完全に神様の存在が消えたんだろうね」
記憶が消えていると自覚したのが昨日だから、そういう事になる。
「君は真白ちゃんと長くいたから先週の記憶が丸ごと無いんだろう、真白ちゃんに関わった人間は、皆、記憶が無くなっているはずだよ」
「それって、問題にならないんですか?」
大勢の人の記憶が無くなるって大問題では?
「大丈夫だよ。忘れている事を忘れているって感じかな? 長い時間、真白ちゃんといた君以外は、真白ちゃんと一緒にいた一瞬の記憶が無くなったくらいじゃ気付かないんだよ」
「そういうものですか?」
「急に先週の食べた夕飯を聞かれても答えられないだろ? そういうもんだよ」
まあ確かに、この日に誰と会って、何を話して、なんて細かく覚えていないか。
「それを知っていて、なんで俺と真白を一緒に居させたんですか?」
長く一緒に居たら記憶が無くなると分かっていたのに。
しかも先輩の記憶は無くならないのなら、先輩が預かってくれればよかったのに。
「真白ちゃんが望んだんだよ。君と一緒がいいって」
「真白がですか」
話題の人物は素振りには飽きたようで、テレビに繋がっているファミコンでゲームをしている。神宮先輩のものだろうが、まだ動く機体があるとは驚きだ。
機体の横には『ゲーム機、付喪神計画』と書かれた紙が添えられている。
オカルト研究会って、そんな実験もするんだな。
「幸一君も一緒にするかい?」
「あ、いえ。それより話の続きを」
真白を見ていたらゲームに興味を持ったと勘違いされたようだ。
「そうかい? 僕、結構強いよ?」
「今度にしましょう……」
なんで少しやる気なんですか……。
「まあ、そうだね。今は真白ちゃんの話だね。幸一君と一緒がいいって望みを君は僕の忠告を聞いても受け入れてしまったんだよ」
「…………」
まあ、自分の性格を考えれば、間違いなく受け入れるだろう。
「僕は君以外の人間と真白ちゃんを、あまり接触させない事を条件に許可した。それから君達が何をしていたか、僕は知らないんだ」
「え、知らないんですか?」
「何かあったら君の方から僕のところに来るように言ったんだけど、一回も来なかった。そして、昨日、久しぶりに君達と会ったら―って感じだね」
真白と海で出会った日以降に、俺が何をしたのか知っている人はいないのか。
……ん? 海で出会った時の記憶があるのは何でだ?
「あの先輩? 俺と真白が出会った日の記憶があるのは何でですか?」
「……そういえば、何でだろうね?」
「アナタが分からなかったら、誰が分かるんですか……」
「ごめんね。僕も万能じゃないんだよ。例外なんて一杯あるから」
俺の知らない世界にも色々あるようだ。
「でも良かったよ。真白ちゃんの存在が残って、真白ちゃんの存在も消える可能性も十分あったからね。というか、僕はそうなると思っていたんだけど」
そんな死の淵を彷徨ってたのか。
「君が付けた名前のおかげかもね」
「名前、ですか?」
神代真白が?
「神代って苗字は、神の寄り代と書いて神代なんだ。この苗字は昔、その身に神を宿す力を持った神職の人間に着けられたモノなんだ」
オカルト研究会部長のウンチクである。
「だから、神様の存在が消える時、真白ちゃんの人間の部分は消えずに、宿っていた神様の存在だけ消えたんじゃないかって予想しているんだ」
まあ、要するに名前のおかげで消えなかったのね。
「というか真白が消えなかったのは、もちろん嬉しいんですけど、神様の存在が消えるって結構な大事件なんじゃないですか?」
「実はそんなに大げさな事ではない」
神様が消えたというのに、大げさでない事があるのか?
「日本には八百万の神がいるからね、消えたり増えたりは、引切り無しなんだよ」
そこのファミコンもいつか八百万の神に加わるのだろうか。
その加わったファミコンの神が消えたとしても、確かに大げさに感じないが。
「じゃあ、もう真白が消える心配は無いんですね?」
「そうだね。今の真白ちゃんは神様の存在が消えて人間として安定した状態にあるよ」
安心していいという事だろうか。
「これから真白はどうなるんです?」
「真白ちゃんみたいな人間をどうにかする当てを、僕は持っているから任せてよ」
どうやら真白が路頭に迷う事はないようだ。そして俺が養う心配もなくなった。
「……そういえば神宮さん。少し気になる事があるんですけど」
「なんだい幸一君」
俺と真白に何が起こったのかはよく分かった。ただ……
「昨日、俺達にエンディングを迎えたって言いましたよね?」
ずっと、その『エンディング』という言葉が引っ掛かっていた。
「うん? そうだね」
気になった事。
「そのエンディングって―」
気懸かりな事。
「ハッピーエンドなんですか?」
その問いを聞いた神宮先輩はニヤリと笑う。
「さあね。誰かにとってのハッピーエンドは誰かにとってのバッドエンドなんて、よくある話だからね」
―でも、と神宮先輩は続ける。
「重要なのは終わった事よりも、続きの物語をどう終わらせるかだよ―幸一君?」




