神宮先輩は解き明かす
オカルト研究会の部室となっている教室のドアを開けると、中は薄暗く電気もつけられていない。昼間なのに薄暗いのは、窓のカーテンが全て閉め切られているせいである。
「やぁ幸一君、昨日ぶり」
薄暗い教室に一つだけ置いてある机の上に座っていた神宮先輩は、教室に入って来た俺に気付いて読んでいた本を閉じる。
「どうも、本を読むなら電気つけたらどうです?」
「まぁ節電ってやつだね。地球には優しくってね」
「その割に、エアコンがついてますけど……」
窓も締め切っているのにも関わらず、教室は冷えた空気で満ちている。
夏休みの間は職員室以外、基本的に空調の電源が入らないハズなのだが。
「そりゃ地球に優しくする前に、自分に優しくしないとね。自分に優しく出来ないやつが他人に優しくする事は出来ないものだよ。もし出来たとしても、それは偽善だね」
「そんな事はないでしょう」
他人に優しく自分に厳しくとはまた違うだろうが、素晴らしい事のように思う。
「共感して欲しい訳じゃない。この手の話は自分の中に答えがあればいいんだよ―それで幸一君? 僕に何か用かい?」
本題らしい。
「俺に、何が起こっているんですか?」
疑問を率直に聞く。
「何の話だい? 僕には幸一君が何を言いたいのかサッパリだね」
疑問を湾曲に返された。
昨日、先輩に会ってから俺が何に気付いたのか、その推理の結果を言えという事か?
「ここ一週間の、正確には7月24日~30日の間の記憶が―ないんです」
こんなの推理でも何でもなく、ただ起きている事実をそのまま答えるだけなのだが。
鈴音に頼まれて幽霊調査に行って真白と出会った次の日から、昨日の朝に俺が起きるまでの一週間の記憶が俺にはないのだ。
琴音の機嫌が悪かったのは、夏祭りの日が目前まで近づいていたから。
天気もそうだ。雨予報のはずが真逆の晴天だったのは、予報の次の日ではなかったから。
そして神宮先輩が俺と真白を知っていたのは―
「記憶のない間に俺と真白に―会ってますよね?」
それなら真白の事を知っている事と辻褄が合う。
「君達が知らないだけだよ」と言った真意は俺達が前に先輩に会っているという意味だ。
夏休みで日にち感覚が少し狂っていたとはいえ、オッサンに言われるまで気付かなかったのは、自分の鈍感さに呆れるしかない。
頼まれていたオッサンの店の手伝いも、結局、気持ちに余裕がなく、断ってしまった。
「先輩は何を知っているんですか? 俺が前に先輩に会ったのもコイツが関係しているんですよね?」
連れてきた真白を見ると、暇そうにボーっとしている。
今日の服装は楽のTシャツを貸したが少しサイズが大きく、ダブついている。
麦藁帽子が余程気に入ったのか、今日も学校まで着けて来ている
「ぬ?」
自分の話しをしている事に気付いたのか真白は反応を示す。
「そうだね、真白ちゃんが関係してるよ」
昨日はあれだけ話すのを渋った割に、意外とあっさりと認めるんだな。
「ぬ?」
名前を呼ばれた真白がまた反応する。
「アホっぽいからその相槌やめろ」
ちょっと首を傾げているのが余計にアホっぽい。
「ん」
分かってくれたらしい。
「んぬ」
「合わせるな」
何だコイツ……
「ははっ、仲がいいんだね。確か幸一君は少女が好きなんだよね?」
「誤解を生む言い方をしないでください」
確かって……記憶のない時の俺が何かしたのか? それとも鈴音から何か聞いたのか?
「妹がいるんで年下の扱いに慣れているだけです」
別に少女限定で仲良くしている訳じゃない。少年とだって仲良く遊ぶ。
「そうなのかい? 女子中学生とよく遊んでいるって聞いたんだけど?」
「た、たまにですよ? 妹が中学生なんで」
「女子小学生ともよく遊んでいるって聞いたんですけど」
「い、いや、二人ほど仲のいい奴がいるだけですよ?」
「何で男子高校生の君が小学生と仲がいいんだい?」
「め、面倒見がいいんで……」
答えになっていない返答をする。
誤解されてもしょうがない人間なんだな、俺って。
今も少女を連れ回しているし……。
「えっと、その話はもう置いときましょう」
「露骨に話を切ったね」
「べ、別に疚しい事があるからじゃないですからね?」
俺はこんな話をしに来たんじゃない。
「ま、そうだね。何を話していたっけ?」
「俺の記憶喪失に真白が関係しているって話です」
「そうだった。幸一君は記憶喪失に関係している真白ちゃんを―何者だと思ってる?」
何者か。
「……神様ですか?」
八夜神社の女神。琴音から聞いた神社の物語の登場人物。
「どうして、そう思ったんだい?」
「先輩は八夜神社の物語を知っていますか?」
「もちろん知ってるよ。僕はオカルト研究会の部長だからね」
流石に知っているか。
「その物語に出てくる女神の特徴と似ているんですよね。誰かを待っていたり、桜貝を持っていたり……って、あれ?」
真白の姿をよく確認するが、やっぱりない。着けていない。
「お前、ネックレスどこにやったんだ?」
海で会った時に着けていた桜貝のネックレスがない。
昨日、真白の格好に感じた違和感の正体はこれだったのか?
「ん?」
「いや、お前のネックレスだよ真白」
大切な物だろ? 首を傾げているけども。
「まあ、落ち着いて幸一君。多分、真白ちゃんも記憶を亡くしてるんだろ?」
「そうですけど……」
記憶が無い事に気付いた時に真白に何か覚えているか聞いても首を振るばかりであった。
「大丈夫だよ幸一君、真白ちゃんの桜貝のネックレスは君のオジサンの所にあるよ」
「オッサンのところに?」
和久のオッサンの事まで知っているのか?
「修理を頼んだって僕は聞いているよ」
俺の伯父は喫茶店を経営しながら副業としてもアクセサリーも作っている。
確かにありえる話だ。
「鈴音君が言っていたんだ」
「鈴音が?」
「君のオジサンから聞いたんだって」
なんで聞いたのだろうか?
それにしても、真白は「ちゃん」なのに鈴音は「君」で呼ぶんだな。
歳によって呼び方を変えているのだろうか?
「君が先週、僕の所に来たのも鈴音君の紹介だったよ。君が神様だと言って真白ちゃんを連れて来た時は驚いたけどね」
まあ、普通驚くだろうな。
「じゃあ、今の話を聞く限り真白は神様なんですね?」
「んー正しくは『元』神様かな」
元神様?
「君から聞いた話から予想した答えだけどね」
そうか俺の記憶は無いけど、すでに先輩は俺の話を聞いているのか。
「今の真白ちゃんから神様の要素は消えている。ただの人間と何も変わらないんだ」
ただの人間? 真白が?
隣を見ると真白がいなくなっている。話に飽きたのか教室の中を散策している。
「君の記憶が無い事とも関係しているんだけどね。神様っていうのは、その存在が消えてしまうと、人の記憶からも存在が消えてしまうんだ」




