第9話 離婚届を渡されました
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それでは本編をどうぞ。
第9話 離婚届を渡されました
追い出しを告げられた夜。
私は一睡もできなかった。
窓の外が白み始める。
結局、朝まで眠れなかった。
あと一週間。
そう思っていた。
たった一週間。
それでも。
陽菜と話せるかもしれない。
もう一度だけ母親として向き合えるかもしれない。
そんな希望を捨てきれなかった。
翌日。
私は荷物を整理していた。
衣類。
仕事の資料。
研究書籍。
この家に私のものは驚くほど少なかった。
その時だった。
コンコン。
扉がノックされる。
返事をする前に扉が開いた。
美玲だった。
「まだ荷造り終わってないの?」
呆れたようにため息をつく。
「ほんっとにぐずね」
私は黙って見つめる。
美玲は部屋の中を見回した。
そして。
楽しそうに笑った。
「恭弥が呼んでるわ」
私は立ち上がる。
すると。
美玲が私の耳元へ顔を寄せた。
「ねえ」
嫌な予感がした。
「奥様のものって」
くすり。
「全部私のものになっちゃったね」
私は息を呑む。
「部屋も」
くすくす。
「恭弥も」
笑いが止まらないらしい。
「陽菜ちゃんも」
胸が痛む。
美玲は満足そうに微笑んだ。
「次は何だと思う?」
答えを待たずに言う。
「奥様の居場所かな」
そう言って笑いながら部屋を出て行った。
私はしばらく動けなかった。
応接室へ向かう。
扉を開いた瞬間。
胸が冷えた。
恭弥。
弁護士。
そして美玲。
三人が座っている。
テーブルの上には書類が置かれていた。
私はその文字を見て息を呑む。
離婚届だった。
「どういうこと……?」
掠れた声が漏れる。
恭弥は私を見ない。
「サインしろ」
私は書類を見つめた。
理解できない。
昨日。
確かに言ったはずだ。
「一週間じゃなかったの?」
声が震える。
恭弥は面倒そうに答えた。
「予定を早めた」
私は唇を噛む。
「どうして……?」
その時だった。
美玲が不安そうに恭弥の袖を掴む。
「もういいの……」
震える声。
さっきまでとは別人だった。
「私のせいで揉めるの嫌だから……」
今にも泣きそうな顔をしている。
恭弥はすぐに美玲の肩を抱いた。
「お前は悪くない」
優しい声だった。
そして。
私を見る目だけが冷たい。
「美玲が不安がっている」
私は呆然とした。
「だから何?」
思わず聞き返す。
すると恭弥は言った。
「これ以上待たせる理由はない」
胸が引き裂かれる。
一週間の約束より。
妻である私より。
美玲の気持ちの方が大切だった。
「陽菜は?」
私が尋ねると。
恭弥は眉をひそめた。
「関係ない」
「関係あるわ!」
思わず声を荒げる。
「私は母親よ!」
その瞬間。
美玲がびくりと肩を震わせた。
「ご、ごめんなさい……」
涙を浮かべる。
「私がいるから……」
恭弥はすぐに私を睨んだ。
「やめろ」
私は言葉を失う。
何もしていない。
それなのに。
まるで私が美玲をいじめているみたいだった。
「陽菜はお前に会いたがっていない」
恭弥が冷たく言う。
私は凍りつく。
「嘘よ」
「嘘じゃない」
「昨日も泣いていた」
私は首を振る。
信じたくなかった。
だが。
今の陽菜なら。
そう言うかもしれない。
そう思ってしまう自分がいた。
「親権はこちらが持つ」
弁護士が事務的に告げる。
私は顔を上げた。
「嫌です」
即答だった。
「陽菜は私の娘です」
その瞬間。
恭弥が冷笑する。
「娘?」
嫌な予感がした。
「お前、何かしたか?」
私は固まる。
「仕事ばかりだっただろ」
「陽菜を見ていたのは美玲だ」
「遊んでいたのも」
「面倒を見ていたのも」
「全部美玲だ」
違う。
私から陽菜を奪ったのは恭弥たちだ。
そう叫びたかった。
けれど。
声が出なかった。
「お前に母親面する資格はない」
胸が抉られる。
その言葉だけで。
十分だった。
恭弥は離婚届を指差した。
「サインしろ」
冷たい声だった。
「それがお前の最後の役目だ」
私は離婚届を見つめる。
視界が滲む。
けれど。
誰も気にしない。
この家に私を家族だと思う者は、もういない。
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