第5話 ママよりお姉ちゃんが好き
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第5話 ママよりお姉ちゃんが好き
西館へ移ってから数日が過ぎた。
以前なら仕事から帰ると真っ先に陽菜の部屋へ向かっていた。
けれど最近は違う。
陽菜の隣にはいつも美玲がいる。
幼稚園から帰れば美玲。
休みの日も美玲。
気が付けば陽菜の口から出る名前も美玲ばかりだった。
それでも私は自分に言い聞かせていた。
大丈夫。
陽菜は私の娘だ。
きっと分かってくれる。
そう信じたかった。
その日の午後。
陽菜は幼稚園から帰ってきた。
私は仕事が休みだった。
久しぶりに娘とゆっくり過ごせる。
そう思い、陽菜の部屋を訪ねる。
「陽菜」
娘は振り返った。
「あ、ママ」
私は微笑む。
「今日はママ、お休みなの」
陽菜の頭を撫でた。
「久しぶりに一緒に遊ばない?」
本当はずっとそうしたかった。
公園でもいい。
買い物でもいい。
ただ娘と過ごしたかった。
けれど。
陽菜は困った顔をした。
「ごめんなさい」
胸がざわつく。
「どうしたの?」
「私、お姉ちゃんと約束してるの」
また美玲だった。
私は思わず俯く。
「そう……」
「水族館に行くの!」
陽菜は嬉しそうだった。
その笑顔を見ていると何も言えなくなる。
けれど。
胸の奥に溜まっていたものが少しずつ膨らんでいく。
寂しさ。
悔しさ。
怒り。
全部。
ずっと我慢してきた感情だった。
「陽菜」
気付けば私は呼び止めていた。
「ママ?」
「どうしてそんなに美玲さんばかりなの?」
陽菜はきょとんとした顔をする。
私は止まれなかった。
「あなたは知らないでしょうけど」
声が震える。
「パパは私たちを裏切ったのよ」
陽菜の表情が固まる。
「え……?」
「美玲さんがどんなことをしたと思っているの?」
涙が滲む。
「ママはずっと傷ついているのよ」
言葉が止まらない。
「私はあなたのために働いているの」
「あなたのために頑張っているの!」
「それなのに……!」
その時だった。
陽菜が大きな声を出した。
「ママはいつもいないじゃない!」
私は息を呑んだ。
陽菜の目には涙が浮かんでいる。
「え……」
「いつもお仕事、お仕事!」
初めてだった。
陽菜が私に怒るなんて。
「陽菜……」
「私より仕事の方が大事なんでしょ!?」
胸が痛い。
違う。
そんなわけない。
私は陽菜のために働いているのに。
だけど。
陽菜には伝わらない。
伝わるはずがない。
子供なのだから。
「違うのよ」
私は必死に首を振った。
「ママはあなたのために――」
「お姉ちゃんの悪口言わないで!」
その言葉に身体が固まった。
陽菜は泣いていた。
ぽろぽろと涙を流しながら。
「お姉ちゃんは優しいもん!」
「いっぱい遊んでくれるもん!」
「いつも一緒にいてくれるもん!」
一つ一つの言葉が胸に刺さる。
私は何も言えなかった。
「ママより優しい!」
陽菜は叫んだ。
「私を大切にしてくれる!」
視界が滲む。
苦しい。
息ができない。
それでも。
もっと辛い言葉が続いた。
「パパとお姉ちゃんと三人でいるとすごく楽しいの!」
陽菜は涙を拭う。
そして。
私を見た。
「私はママといるより」
その先を聞きたくなかった。
だけど。
陽菜ははっきりと言った。
「パパとお姉ちゃんと三人でいる方がいい」
世界が止まった。
私は何も言えなかった。
陽菜も泣いている。
私も泣きそうだった。
だけど。
どちらも正しい。
私は働かなければならなかった。
陽菜は寂しかった。
それだけのことだ。
だから余計に苦しい。
その時。
廊下の向こうから声が聞こえた。
「陽菜ちゃん?」
美玲だった。
陽菜は振り返る。
そして。
迷うことなく私から離れた。
「お姉ちゃん……」
泣きながら抱きつく。
美玲は優しく抱きしめた。
「どうしたの?」
その姿を見て。
私は動けなかった。
まるで。
本当の母親みたいだったから。
誰もいなくなった部屋で。
私は一人立ち尽くしていた。
気付けば。
頬を涙が伝っていた。




