第4話 恭弥様、怖かったです……
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第4話 恭弥様、怖かったです……
その日の午後。
陽菜は幼稚園から帰ってきていた。
昼食を終えたあと、美玲と一緒に庭へ出ている。
窓の外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「待ってー!」
「うふふ、陽菜ちゃん速いわ」
私は思わず手を止めた。
最近、こんな光景ばかり見ている気がする。
休日でも。
仕事から帰ってきても。
陽菜の隣には美玲がいる。
本当は嫌だった。
本当は不安だった。
けれど仕事を辞めるわけにはいかない。
私は陽菜の未来のために働いている。
だから何も言えなかった。
その時だった。
「奥様」
声をかけられ振り返る。
美玲だった。
一人だった。
珍しい。
最近はいつも陽菜か恭弥と一緒にいるのに。
「何かご用ですか?」
私が尋ねると、美玲は少し困ったように微笑んだ。
「少しお話がしたくて」
嫌な予感がした。
けれど無視するわけにもいかない。
私は頷いた。
廊下には私たち以外誰もいない。
静かな空間だった。
しばらく沈黙が流れる。
先に口を開いたのは美玲だった。
「どうして離婚しないんですか?」
私は固まった。
あまりにも突然だったから。
「え……?」
「恭弥様は私を愛しています」
美玲は静かに続ける。
「奥様も分かっていますよね?」
胸が痛んだ。
分かっている。
そんなこと。
誰よりも。
「それでも私は妻です」
やっとの思いで答える。
すると美玲は小さく笑った。
それは今まで見せたことのない笑顔だった。
冷たい笑顔。
勝者の笑顔。
「かわいそう」
背筋が冷たくなる。
「恭弥様は一度も奥様を愛したことがないのに」
言葉が胸に突き刺さる。
反論できない。
事実だから。
「それなのに、まだ期待しているんですか?」
私は唇を噛んだ。
その時だった。
突然。
美玲が後ろへよろめいた。
「きゃっ!」
大きな悲鳴。
私は驚いて手を伸ばす。
けれど触れていない。
触れていないのに。
美玲は床へ倒れ込んだ。
タイミングが良すぎた。
廊下の向こうから使用人たちが駆けつけてくる。
「美玲様!」
「どうされました!?」
美玲は震えていた。
肩を震わせながら私を見る。
まるで怯えているように。
「ご、ごめんなさい……」
涙声だった。
「私が悪いんです……」
私は言葉を失う。
まさか。
「違います!」
思わず声を上げる。
「私は何もしていません!」
しかし。
使用人たちは戸惑った表情で立ち尽くすだけだった。
その夜。
珍しく恭弥が帰宅した。
理由は聞かなくても分かる。
美玲のためだ。
私はダイニングへ呼ばれた。
恭弥は不機嫌そうな顔で座っている。
その隣には美玲。
目を赤くして。
まるで被害者そのものだった。
「聞いたぞ」
恭弥が口を開く。
私は静かに拳を握った。
「何をですか」
「美玲を突き飛ばしたそうだな」
やっぱり。
「違います」
即座に否定する。
「私は何もしていません」
「嘘をつくな」
冷たい声。
それだけで胸が震える。
「本当です」
「美玲が嘘をつく理由があるのか?」
私は言葉を失った。
恭弥は最初から決めつけている。
私の話を聞く気なんてない。
「恭弥様……」
美玲が袖を引く。
「もういいんです」
涙を浮かべながら首を振る。
「私が我慢すれば……」
「お前が我慢する必要はない」
恭弥は優しく言った。
その優しさは一度も私には向けられたことがない。
そして。
冷たい目が私へ向けられる。
「美玲は怯えている」
私は何も言えなかった。
何を言っても無駄だから。
「お前は西館へ移れ」
一瞬。
意味が分からなかった。
「え……?」
「聞こえなかったか」
「どうして……」
「美玲を安心させるためだ」
息が止まりそうになる。
西館。
使用人たちの部屋に近い古い棟。
今まで私が使っていた部屋とは比べ物にならない。
「そんな……」
「決定事項だ」
恭弥はそれ以上話さなかった。
私の意見など必要ないのだ。
その夜。
使用人たちが荷物を運び出していた。
少しずつ空になっていく部屋。
結婚してからずっと使っていた部屋だった。
たとえ一人だったとしても。
私の居場所だった。
最後の箱が運び出された時。
扉が開く。
入ってきたのは美玲だった。
彼女はゆっくり部屋を見回す。
そして。
満足そうに微笑んだ。
「素敵なお部屋ですね」
私は立ち尽くしたまま動けない。
美玲は大きなベッドへ腰を下ろした。
まるで最初から自分の部屋だったかのように。
その姿を見た瞬間。
ようやく理解した。
夫だけじゃない。
家の中の居場所まで奪われたのだと。
私は静かに目を閉じた。
泣いたところで。
誰も助けてくれないのだから。
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