第18話 お母さんに会いたい
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第18話 お母さんに会いたい
美玲が去った翌日。
恭弥は一人、自宅へ戻っていた。
静まり返ったリビング。
誰もいない。
ふと視線の先に。
陽菜が大切にしていたぬいぐるみがあった。
恭弥はそれをそっと抱き上げる。
「陽菜だけは……。」
「陽菜だけは渡したくない。」
美玲は去った。
会社での立場も失った。
それでも。
陽菜だけは、自分のそばにいてほしかった。
その頃。
陽菜は一人、自室で小さく膝を抱えていた。
美玲がいなくなってから。
屋敷は静まり返っていた。
「……ママ。」
誰にも聞こえない小さな声。
母と過ごした日々を思い出すたび。
胸が苦しくなっていた。
「ママに会いたい。」
その想いは、日に日に大きくなっていた。
陽菜は一人、静かに涙を流していた。
一方、菫の実家である藤堂家では。
父が陽菜の写真を見つめていた。
「何度も陽菜を返してくれるよう求めているが、九条家からは何の返事もない。」
「私たちの大切な孫だ。」
「このまま放ってはおけん。」
母も涙ぐみながら頷く。
「陽菜ちゃんに会いたい……。」
兄さんは、私を見つめた。
「菫のためにも。」
「陽菜をはやく取り戻さなくては。」
その言葉を聞いた瞬間。
私は胸が締め付けられた。
「ごめんなさい……。」
「私が陽菜を置いてきてしまった。」
「私がもっと早く決断していれば……。」
涙が止まらない。
私は研究所へ向かった。
仕事は始まっているのに。
心だけは陽菜のことでいっぱいだった。
書類を見ても。
数字を見ても。
何も頭に入らない。
「藤堂先生。」
顔を上げると。
橘先生が立っていた。
「今日は少し元気がありませんね。」
私は慌てて笑った。
「大丈夫です。」
「少し寝不足なだけですから。」
橘先生は静かに微笑む。
「無理をされていますね。」
その優しい声に。
張りつめていた心が揺れた。
私は少しずつ話し始める。
離婚したこと。
陽菜を連れて来られなかったこと。
今も九条家にいること。
話し終える頃には。
涙が頬を伝っていた。
橘先生は最後まで黙って聞いてくれた。
そして優しく微笑む。
「そうでしたか。」
「お辛かったですね。」
少しだけ間を置き。
静かに続けた。
「娘さんは、お母さんを忘れたりしません。」
「近いうちに。」
「きっと、会える日が来ます。」
「私は、そう信じています。」
その言葉に。
不思議と胸が少し軽くなった。
その日の夕方。
九条家では。
九条会長が恭弥を呼び出していた。
「親権を放棄しろ。」
恭弥は勢いよく立ち上がる。
「陽菜だけは渡せません!」
九条会長は静かに言う。
「お前に選択肢はない。」
「九条家が無視できない人物から条件を出された。」
「その人物は。」
「陽菜を母親のもとへ返してほしいと言ってきた。」
恭弥は息をのむ。
「……誰ですか。」
九条会長は首を横へ振る。
「お前が知る必要はない。」
暗くなりかけた頃。
藤堂家の前に一台の車が止まった。
車から降りてきたのは恭弥だった。
助手席のドアを開けると、
陽菜の手を取り、ゆっくりと車から降ろした。
その先には、
藤堂家の玄関があった。
扉が開く。
「……ママ。」
陽菜の小さな声を聞いた瞬間。
私は駆け出していた。
「陽菜!」
陽菜も泣きながら飛びついてくる。
「ママ!」
「会いたかった!」
私は強く抱きしめた。
「ごめんね。」
「本当にごめんね。」
涙が止まらない。
陽菜は私の服をぎゅっと握りしめる。
「ママ……。」
「ひどいこと言って、ごめんなさい……。」
「ほんとは……。」
「ママだいすき……。」
私はもう一度強く抱きしめた。
「ありがとう。」
「お母さんも、陽菜が大好き。」
「もう離れない。」
「ずっと一緒だよ。」
どうして帰ってきてくれたのか。
そんなことを考える余裕もなかった。
陽菜が、ここにいてくれる。
それだけで十分だった。
――その様子を、少し離れた場所から、
橘悠真が静かに見守っていた。
すべてを失い、
寂しげに去っていく恭弥を最後まで見届けた。
その姿が見えなくなったことを確認すると、
安心したように親子へ穏やかな視線を向けた。
「……良かったですね。」
「菫さん。」
小さく呟くと、静かにその場を後にした。
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