38 目覚めない彼女
38 目覚めない彼女
村人の収容先は、古びた教会の一間だ。椅子やテーブルをわきに押しのけ、毛布を敷いた床に何人もの村人が横たわっている。意識を失っている者、傷を負って苦しんでいる者、自分が人を襲ったことに発狂しそうになっている者もいる。ターラントの魔術師たちは、力は弱いながら、重症の者から数人で治癒魔法を施していく。
「こっちはもう峠を越えたようだ。ヴィンセントさんは次のけが人を頼む。」
「分かった。」
隣に寝かされている子供のけがを見ていると、ふとその目の先に輝くような銀髪が見え、思わず二度見した。目を凝らす先には若い女性が横たわっていた。ヴィンセントは、子供の怪我を手早く治癒すると、引き寄せられるように女性の元に近づいた。
「もしかして…。あの、貴方は…。」
声を掛けたが、死んだように眠っている。その寝顔は、あの日見た馬車の客とそっくりだ。
「う、ううわぁ。」
声を上げそうになるのを必死で堪え、そっと確かめると、指先が微かに青く色づいている。
―やっぱりそうだ。この人は、アンブラ―卿のご令嬢だ。アンブラ―卿の母上は刺繍爵で、残された幼いご令嬢が引き取られたと聞いていた。そして、成長されたご令嬢は染色の才能を開花されたと噂に聞いていた。でもまさか、こんなところで遭うなんて。-
ヴィンセントは、その微かに青く染まった手を握って、自分の魔力を注ぎ始めた。その時、ショーンからジュディスが来ていると聞いたウィリアムが駆け込んできた。そして、ヴィンセントの存在が見えないかのようにジュディスに駆け寄った。
「ジュディス!!ジュディス、目を開けてくれ!ああ、どうしてこんな危ないところに来たんだ!おい君、彼女は怪我をしているのか?」
「いえ、どうやら魔力切れを起こされているようです。今、少し魔力を流し込ませていただきましたが、意識が戻るにはもう少し時間がかかるでしょう。」
ふいに声を掛けられ、遠慮がちにヴィンセントが答えた。
「ああ、取り乱してすまない。彼女は俺の婚約者なんだ。」
「ウィル、彼女に会えたのか? なら、俺たちの借りている宿舎に寝かせてやれ。」
後からやってきたショーンが声を掛けた。ウィリアムが頷いて、ジュディスを抱き上げると、今度はヴィンセントが、声をかけて来た。
「あの、こちらの女性は、アンブラ―家のご令嬢ですよね。目覚められたら、どうしてもお話したいことがあるんです。お話する機会を頂けないでしょうか?」
「すまないが、まずは彼女を休ませてからだ。では、後程。」
ウィリアムはそういうと、ジュディスを大切そうに抱いて、部屋を出た。
ターラントの村人たちが、一人、二人と意識を取り戻すと、この事態の原因がゆっくりと明るみになってきた。黒服の旅人は、その服の肩に記された紋章からターラントとサザーランドの南に位置するレヴィンスの魔術師だということが分かってきた。
レヴィンスは魔法を多用する国で、魔術師も多い。好戦的で油断のならない相手だった。しかし、自然破壊が進み食料問題や災害なども多く、暮らしは厳しい。後に分かったことだが、今回はターラントの村人を魔物に替えてサザーランドを襲わせて、二国が弱ったところで、征服してしまう計画だったようだ。
今回の事で、ターラントはサザーランドの功績を高く評価し、より強い同盟関係ができた。そして、サザーランドの技術者によって、ターラントとレヴィンスの間に強いバリアが張られることになった。
仕事を終えた騎士たちは、サザーランドに帰還し、自宅へと帰っていった。ウィリアムはジュディスを自宅のベッドに寝かせると、スツールを傍に引き寄せて座り込んだ。ジュディスの意識はまだ回復しないままだったのだ。
「ジュディス…。この遠征から帰ったら、君にお願いしようと思っていたんだ。これからは、名前で呼び合おうって。俺の事はウィルって呼んでほしいって。ジュディス、目を開けてくれよ。」
ジュディスの少し青く染まった手を握り締め、自分の頬に当てながら、ウィリアムは懇願した。
帰宅した翌日、ヴィンセントが訪ねて来た。ヴィンセントは申し訳なさそうに突然の訪問を詫び、ジュディスが目覚めていなくても彼女の傍に居る人に聞いておいてほしいと告げ、ウィリアムはクレアを呼び出して一緒に話を聞くことにした。
「申し訳ございません!!」
いきなり床に頭をつけて謝罪するヴィンセントに、クレアとウィリアムは戸惑うばかりだ。
「実は、ジュディス様のご両親が亡くなった事故は、俺のせいなんです。」
「どういうことかしら。」
クレアの口調が厳しくなる。
「あの日、俺はまだ見習い魔法使いで、師匠に稽古をつけてもらっている最中でした。でも、あんまりへたくそなので、師匠があの馬車が通り過ぎる前に、街路樹を一本倒して見せろと言ったのです。どうせ出来ないだろうと思っていたんだと思います。散々失敗した後だった俺は、狙いを外し街路樹ではなく、馬車に風魔法を当ててしまったのです。」
「まさか、それが…それがあの子たちの乗った馬車だったというの?!」
クレアの唸るような声にヴィンセントは再び頭を床に押し当てて謝った。
「お、俺は、どうしていいのか分からなくて、すぐに騎士団に助けを求めたんです。そして、亡くなったのが、アンブラ―卿だと分かって、葬儀の日にも謝りに向かいました。しかし、それを師匠が阻止したのです。お前がのこのこと出て行ったら、自分の責任になってしまうって、ひどい剣幕でした。それで、俺は師匠からも離れて、家を飛び出し、修行の旅にでることにしました。今から考えたら、ただ逃げたかっただけなんです。旅先で困った人を助けたとしても、アンブラ―卿が生き返るわけでもないのに、俺は…。」
クレアはしばらく床にはいつくばっている魔術師を見つめていたが、ふっと息を吐いたかと思うと、ぽろりと呟いた。
「あれから、もう10年以上の時間が経っているわ。そんな気持ちのままで、あなたも辛かったでしょう。エリク、紙とペンを。」
エリクが紙とペンを持って来ると、クレアはその場でさらりと墓地の住所を書きだした。
「これが、あの子たちの墓地の場所です。一緒に亡くなった御者の方も同じ墓地に眠っているわ。花でも手向けてやってちょうだい。それで十分よ。」
「ああ、ありがとうございます。」
ヴィンセントは全身の力が抜け落ちたように座り込んで、さめざめと涙した。
「君は、ターラントで魔物討伐をしていたな。」
横で成り行きを見ていたウィリアムが声を掛けた。
「じゃあ、団長が話していた我が国の魔法使いで一人ターラントを手助けしていると言っていたのは、君の事か…。良かったら、一度騎士団庁舎に来てエドモンズ団長と面会してくれ。きっと悪いようにはしない。」
「ええ、俺が、ですか? …う~ん、光栄なことですが、遠慮しておきます。師匠に合わせる顔もないので。」
「君の師匠というのは…。」
「ああ、クインシー侯爵様です。魔法爵を賜られたと聞いています。」
ヴィンセントの言葉に、思わずクレアとウィリアムは顔を合わせた。
「なるほどな。それなら心配ない。すでに、魔法爵は剥奪され、今は地下牢にいるよ。」
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次回はいよいよ最終話です!




