37 戦いの中で
37 戦い中で
「おい、立てるか?」
男は騎士に肩を貸して立たせた。
「あっ、はい。あれ?貴方は陛下の…!」
「しっ。皆まで言うな。これも仮の姿だが、口外は無用だ。今はあのお転婆一般人の護衛の任を預かっている。このままこの馬を頼めるだろうか?」
「お転婆一般人?」
「ゴホン。失礼。それが陛下のつけたコードネームだ。では、行って参る。」
男はすぐにその場から姿を消した。それからしばらくすると、森から強い光が放たれ、ショーンはしばらく視力を失った。
ショーンたちを置いて駆けて行ったジュディスは、森に一歩踏み込んだところで見知った顔に出会った。真っ青な顔で何かを抱えるようにして蹲って苦しそうな声を上げている。
「トレイシーさん!ここは危険です!立てますか?早く逃げないと…。」
「はは。ワシももうおしまいだな。こんなところにいるはずのないジュディスさんに会えるなんて…。」
「しっかりしてください!すぐに傷を治します!」
ジュディスが治癒魔法を掛けると、ゆっくりとトレイシーの顔色が戻ってきた。
「こ、これは…!ああ、ありがとう。孫を、どうしてもこの孫だけは助けたかったんだ。」
体を起こしたトレイシーの腕の中では、すやすやと眠っている赤ん坊がいた。
「ここは危険すぎます!早く森から出てください。」
「うわぁぁぁ!」
トレイシーが返事をする前に、また森の奥から叫び声がした。ジュディスはハッとして、再び奥へと進んでいく。
「おい!ジュディスさん、危ないぞ!」
「トレイシーさんにはお孫さんを守る役目があります。早くここから出て!まっすぐ行けば、騎士様と合流できるはずです。」
先程から、誰かが争っているような不穏な音が聞こえている。そっと木の陰から様子を伺うと、人ほどの大きさのネズミのような魔物と騎士たちが戦っていた。すでにあちらこちらに切られた跡がある魔物は、最後の一撃に会って、「きゅーん」と悲し気な声を上げて倒れた。そのかなしげな声に、妙な人間臭さを感じる。
「あの魔物たちって、まさか心を持っているの?」
しかし、そんな独り言に答えていれるものは居ない。そして、ほんの少し歩いただけで、魔物に襲われた人々の遺体に出くわした。
「どうして、どうしてこんなことに…。どうか、お願い!罪のない人を襲わないで!」
ジュディスはあまりにも悲しい光景に膝を折ると、手を組んで力を込めた。その時…。
「危ない!」
目の前に一人の騎士がジュディスの前に躍り出て、その背中を魔物の爪でえぐられた。苦し気に顔をゆがめて倒れていく様を目前で見たジュディスは、騎士の姿にウィリアムを重ね、一心に治癒魔法を施すと、森に向かって叫んだ。
「お願い、もうやめて!誰も、不幸にならないで。この邪悪な魔法を無効化して!!」
それは偶然のことだった。「魔物」というぐらいだ。魔法が関与しているのだろうと、そう考えたジュディスの渾身の無効化だった。森は一瞬強い光に包まれ、落ち着いた時には、あの喧騒がウソのように静かになった。
さっきまで森のあちらこちらで戦っていた騎士たちの前には、みすぼらしい恰好の平民たちが転がっていた。
「これは一体、どういうことだ?」
「魔物は、いなくなったのか?」
森の奥で警戒を解かずに辺りを確かめていた騎士の一人が声を上げた。
「魔物が、消えた…。だが、この光景はなんだ?」
気が付くと、目の前で倒れていた少年が、意識を回復してゆっくりと起き上がった。
「お、お、お願い。殺さないで!」
怯えた様子で騎士に懇願する姿は、異様だ。
「何があったんだ?」
すぐに駆け寄って騎士が尋ねると、少年は恐ろしい経験を思い出したのか、急にガクガクと震え出した。
「ま、真っ黒な服を着た人たちが僕たちの村に突然やってきて、村の人たちを次々魔物に替えていったんだ!」
「落ち着いて!なにかトラブルになる事でもあったのか?」
「違うよ。ぞろぞろと何人かでやってきて、母さんたちは、旅の人だろうって言ってたんだけど、家の前まで来た途端、なにか変な言葉を言ったんだ。そしたら、母さんが黒い靄に包まれて…。気が付いたら僕も靄の中にいて、意識はあるのに、身体が自由に動かせなかったんだ。」
「…なんてことだ。もう大丈夫だ。誰も君を殺したりしない。とりあえず、みんなで倒れている人を休ませよう。ウィル、キンバリー達に彼らの保護を伝えてくれ。俺はこの子を保護してこの国の兵士たちに事情を話してくる。」
「了解です。」
ウィリアムは、散らばっている騎士たちに声をかけ、哀れな村人たちの保護に奔走した。その知らせはターラントの魔術師たちにも伝わり、彼らはその収容先で傷の手当等に当たった。
「しっかし、こんな恐ろしい魔法を誰が解術したんだろう。やっぱりさっきの光がそうなんだよなぁ。」
「う~む、言いにくいが、ターラントの魔術師たちにそこまでの力はないと思うんだが。こんなことができるのは、聖女様ぐらいだろう?」
「ああ、噂のネモフィラの聖女か?でも彼女はサザーランドの王都に住んでいるんだろ?」
「聖女、さま?…まさか。」
それまで懸命に村人の保護に当たっていたウィリアムの手が止まった。
「すまない。ちょっと探し物をしてくる。」
「お、おい!」
ウィリアムは、すぐさまその場を離れ、森の奥へと走っていった。まさか、こんなところに彼女が来ているとは思いたくないが…。しかし、その姿を見つけることはできなかった。
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