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36 動き始めた最強一般人

36 動き始めた最強一般人


「お客さん方、こちらへ! 警報です!急いで!」


 店主の声に、皆は慌てて店の奥にある地下室へと飲みこまれていく。ジュディスはそっと壁際に寄って、窓の端から様子を伺った。すると、コウモリのような姿の大型の魔鳥が、オルコットの方角の空を飛んでいるのが見えた。初めて見る魔物に一瞬で体が硬直する。


「こんな恐ろしい物とウィリアム様たちは戦っているの?」


 魔鳥は、すぐにどこかの森に下りて行ったが、それでもなお、心臓がバクバクと音を鳴らす。恐怖で浅くなっていた呼吸を、ゆっくりと沈めていると、店主が様子を見に店の中に戻ってきた。


「おい!こんなところにいたのかい!この辺りはたまに魔物が出る程度だが、。警報がなったら、すぐに逃げなくちゃ命がいくつあっても足りないんだぞ!」

「ごめんなさい。足がすくんでしまって…。」

「あんた、一人かい?この辺りはそろそろ危険になってきたぞ。」


 店主は心底心配してくれていた。前にも物見遊山でここに来た客が、魔物を珍しがって外に出て、大けがをしたばかりだという。


「おい!けが人が出たんだ。ここに薬は置いてないか?」


 突然、店にぐったりとした老人を抱えた男が入ってきた。


「すまないが、もう薬は使い果たしちまったんだ。それは、魔物にやられたのか?」

「ああ、爺さんが魔鳥に気を取られてる間に、魔犬にやられたんだ。さっき仕留めたから、ここには来ないと思うけど、ここも大分危なくなってきたな。」


 どさっと床に下された老人の足からはおびただしい血が流れている。苦しそうなその姿を見ると、ジュディスはこぶしを握り締めた。


「あの。私で良ければ…。」


 そう言いながら駆け寄ると、すぐに治癒魔法を掛けた。


「お、おい!あんた魔法が使えるのかい!」

「はい。実は今、大切な人がオルコットにいるのです。だから、力になりたくて…。」

「なんでぇ、こんなに若い娘が…。くっ、けなげだねぇ。よし!ちょっと待ってな。飲み物とつまめるものを用意してやるよ。」


 老人を連れていた男も立ち上がった。


「おい、店主。爺さんを見ていてくれないか。俺がこの嬢ちゃんの道案内をするよ。このまま素直に街道を行かれちゃ、すぐに魔物の餌食だ。」

「分かった。お若いの、頼んだぜ。厨房の奥に俺の寝床がある。そこに爺さんを寝かしてやれ。こっちのことは任しとけ!」


 店主はすぐに厨房に入って、何やら準備を始めた。男は、老人を抱えて奥へと進んでいった。


「あの…、お二人とも、ありがとうございます。」


 店主が用意した堅めのパンと水筒をカバンに詰めると、男に続いて馬を走らせた。途中の休憩で、騎士団のいる場所を知りたいと告げると、男は険しい顔でジュディスを見た。


「おいおい、アイツらは最前線だぞ。」

「はい。だからこそ、けが人が出ていると思うので。」


 厳しい目つきにもひるまず、ジュディスはキッと睨み返した。すると男は、ふっと諦めたように息を漏らして考えを巡らせると、真剣な面持ちで告げた。


「覚悟はできているんだな。どんな状態になっていても泣き叫ぶんじゃないぞ。それから、己の身を簡単に犠牲にするな。」


 ジュディスはその言葉に目をそらすことなく頷いた。男はすっくと立ちあがり、「急ごう」と馬に飛び乗った。国境はもう目の前だった。その場所から数分走ったところで、深い森が見えて来た。馬を走らせながら、ジュディスはペンダントにしてたウィリアムのタグをそっと握り締め、その無事を祈った。


「この森に入るのは危険だ。騎士団と連絡を取りたいなら、まずは奴らの宿舎に行く方がいいだろう。少し遠回りになるが、ついてこい。」


 そう言って、男が馬の向きを変えた時だった。突然、男性の叫び声が聞こえて、ジュディスは馬を止めた。すると、目の前の森から騎士が飛び出し、倒れ込んだのだ。ジュディスは躊躇することなく馬を降り、駆け寄った。


「おい!まだ魔物が近くにいるかもしれん。気をつけろ!」


 男の警告など耳に入らない様子で、ジュディスはすぐさま治癒魔法を掛ける。背中に大きなひっかき傷があり、血が流れている。一刻の猶予もないのだ。


「しっかりしてください!必ず、治しますから!」


 大きな傷はゆっくりと塞がり、出血も止まった。後ろで見ていた男は、その強い治癒魔法に驚愕していた。


「ううっ…。」


 やがて騎士が意識を取り戻すと、ジュディスは自分の水筒から水を分け与えた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。助かった。こんなところで治癒魔法の使い手に会えるとは奇跡だな…。ええっ!君は、ウィルの婚約者じゃないか!?どうしてここに?」

「私の力が役に立つならと…。あの…。ウィリアム様は今…。」


 騎士は、申し訳なさそうに答えた。


「はぁ、すまない。俺は、ウィルと同期のショーンだ。今回の討伐も同じチームに居たんだが、俺だけはぐれてしまったんだ。君の事は、ウィルから聞いているし、団長も認めている能力の持ち主だ。だけど、ここから先へは、行ってはダメだ。危険すぎる!」


 ショーンの懸命の説得も、今のジュディスには届かない。じっと森を見つめているかと思うと、すっくと立ちがった。


「すみません。あの、お名前も伺わないまま道案内をしてくださった方にお願いするのは恐縮なのですが、こちらの騎士様と、馬の事、お願いします。少し、様子を見てきます。」

「お、おい!」


 男たちが引き留めようとしたとき、再び叫び声が響き渡った。その瞬間、ジュディスは森に向かって走り出していた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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