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34 「一・般・人」として

34 「一・般・人」として


ジュディス達が自宅に戻ると、ウィリアムが帰宅していた。


「あら、今日は早番でしたか?」

「いいや。予定が変わってな。侯爵家主催の舞踏会の護衛を頼まれたんだ。せっかくだからランチはここで食べようと思ったんだ。ああ、いい匂いだ。これはトレイシーのパンか?」

「そうなんです。」

「チャドの料理もうまいが、トレイシーのパンは別格だからな。」


 テーブルに着くと、少し不貞腐れた顔のチャドが、料理を運んできた。


「パンの腕が鈍くてすみませんっスね。」

「チャド、すまない。君の料理は最高なんだが、トレイシーのパンは別格なんだよ。」

「まぁ、俺もそれは認めるっスよ。あいつとは、一緒の職場で働いたこともあるんでさぁ。」


 ニカッと笑ってそれだけ言うと、さっさと厨房に引き上げて行った。食事が進むと、ウィリアムから意外な話が飛び出した。


「これからしばらくは、高位貴族の舞踏会が続きそうなんだ。どうやらセラフィーナとか言う侯爵令嬢が婚約を決めたときのことを、物語の様に茶会の度に話すので、他のご令嬢にも火が付いたみたいなんだ。なんでも、他の女性と張り合っているところに、彗星の様に現れた謎の女性が、『彼を支えるのは貴方のような方でなければ駄目でしょう。』とお告げの様に呟いたのだとか。それで、ただ与えられることばかりだった彼女は、彼を支える力が自分にはあるのだと気が付いたんだとさ。あ~、どうでもいいけど。誰だ、そんな余計なことを言った奴は。ご令嬢たちがその気になったとなれば、その親たちもチャンスだとばかりに張り切って大きな会場を使う物だから、俺たちの仕事が増える一方だ。」


 あ、それは、私のことかも…。ジュディスは苦笑いを浮かべた。


「そう言えば、セオドリック様の結婚式の招待状が届いておりましたが、公爵様の挙式なら、騎士団も参加されるのでしょうか?」

「ああ、騎士団は当番の者を除いて全員参加することになっている。君のエスコートは俺の役目なのに、まったく!ジュディス嬢はクレア殿と一緒に行ってくれるか。帰りは一緒に帰れるだろうから。ドレス姿、楽しみだ。」


 最後の一言に、耳まで真っ赤になる。不器用な人だと思っていたのに、最近、平気でこんなことを言う様になって困る。ジュディスは頬を抑えながら、ウィリアムをちらっと見ると、嬉しそうな笑顔がそこにあった。


 いよいよセオドリックとセラフィーナの結婚式の当日となった。ウィリアムは騎士団の正装に身を包み、朝の内から騎士団庁舎に向かった。ジュディスは朝から磨き上げられドレスに着替えた。


「ジュディス様、あの、私…。どうしましょう。」


 不安げに部屋に入ってきたのは、エミーだった。手紙を握り締めて、目には涙をためている。


「どうしたの、エミー?」

「さっき行商の人が来て、昨日オルコットの街に魔物が現われたんだそうです。それで、何人かけが人が出たというんです。私の姉は、カークランドという西寄りの街に両親や家族と住んでいるんですが、昨日は義理の弟の結婚式でその…、オ、オルコットに行くって手紙に書いてあったんです。」


 手紙を握り締め震えるエミーを宥めながら、ジュディスは考えを巡らせた。ちょうどその時、クレアがやってきた。


「ジュディス、これを渡しに来たのよ。これは、私の母から受け継いだサファイアのネックレスなの。今日のあなたに、きっと似合うわ。 あら、何かあったのかしら。」

「おばあ様、実は、…。」


 クレアに事情を話すと、少し考えたクレアは、思い切ったことを提案した。


「ここで不安がっていても仕方がないわ。オルコットは、今は危険でしょうけど、カークランドまでなら行けるはずよ。お姉さんのお家まで行ってみてはどうかしら。何かわかるかもしれないわよ。」

「そうね。私たちの事は心配ないから、準備をして。何かあったら手紙を寄こしてちょうだいね。」

「あ、ありがとうございます。」


 ジュディス達は、エミーをモニカに託して式場へと向かった。


 結婚式は、大聖堂を使った厳かなものだった。ほとんどの上位貴族が集まり、式の後にはお披露目パーティーが催された。公爵家の婚姻だけあって、みな、華やかな装いで、どの貴族も有利な相手と繋がりを持とうと張り付けた笑顔で交流していた。もちろん、ジュディスもその対象になっている。周りには笑顔を張り付けた貴族がどっと押し寄せて、慣れないジュディスはめまいを起こしそうになっていた。

 そんな時、会場に似合わない騎士が一人、慌ただしくやってきて、騎士団長に耳打ちをした。


「セオドリック殿。こんなに華やかな場に申し訳ないのですが、どうやら辺境地より魔獣討伐の出動要請がきたようです。隣国ターラントからの要請もあり、そのまま隣国へと向かうことになりそうです。我々騎士団は、ここでお暇致します。」


 決して大きな声ではなかったが、一瞬、その場を静まらせるには十分だった。


「ご苦労。頼んだぞ。」


 騎士団の面々が、目礼して去っていくと、セオドリックは何でもないように笑顔を見せた。


「我が国の騎士団は、有能だ。皆さん、ご安心を。今日は宴だ。気にせず楽しんでくれたまえ。」

「ああ、あいつらにやらしておけばいいんだ。普段は要人の護衛などといいつつ楽な仕事についているんだからな。」


 どこかの貴族がケラケラと笑いながらいうと、どっと笑い声が溢れた。俯いて、ぐっとこぶしを握り締めていたジュディスはキッと顔を上げた。すると、上段に座るセラフィーナと目が合った。その瞳がまっすぐにジュディスを捉え、頷いた。


「おばあ様。私も行ってきます。何ができるか分からないけれど、一般人の私にだってこの国の国民としての矜持があります。」

「そう、貴方が行くというなら、それは行くべき時なのでしょう。セオドリック様には私からお話しておきましょう。団長様のお話から考えると、騎士団が隣国に行くのは決定事項でしょう。すぐに王宮に行って、隣国への渡航許可をもらっておきなさい。」

「渡航許可、ですか?それは、すぐにもらえるものなのでしょうか?」


不安げに尋ねるジュディスをクレアはきりっと睨む。


「ジュディス。爵位教育で学ばなかったの?私達には緊急時特権があるのよ。すぐに陛下にお目通りを願い出なさい。 …気を付けるのですよ。むやみに自分を犠牲にしないでちょうだい。」

「ええ、分かりました。では、行ってきます!」


読んでくださってありがとうございます。

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